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サンゴの選択

小さな力で一つの世界を作る方法

文量:新書の約12ページ分(約6000字)

はじめに

ゼロから何かを創る時、何かを変えたいと動き始めた時、自分の力の小ささを痛感することがあります。描くビジョンが大きいほどそれを痛感しますが、でもどうにかしてそこにたどりつきたいのです。

 

熱帯域のサンゴ礁には多様な生物が生息していますが、その基点となっているのはサンゴなのだそうです。しかし、熱帯の海洋は、栄養の観点では貧しい環境であり、さらにサンゴの個体は体長わずか数mmから1cm程度です。
 その小さなサンゴが、貧しい環境で、どのようにして豊かな世界を築き上げているのでしょうか。

 

今回は、東京工業大学名誉教授の本川達雄先生にお話を伺いながら、このようなテーマについて考えてみることにしました。なお、このブックレットは、いただいたお話と後記する参考文献から学んだことをもとに、執筆や編集はリベルで行なっております。

 

本川達雄もとかわたつお先生
 1948年宮城県生まれ。東京大学理学部卒業。同大学助手、琉球大学助教授、デューク大学客員助教授を経て、1991年より東京工業大学教授。2014年3月の退職後は、科学とは自然の見方、つまり世界観を与えるものだという考えのもと、生物学的世界観を分かりやすく解く著書の執筆をしている。

 

〈著書〉

  • 『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)
  • 『生物学的文明論』(新潮新書)
  • 『サンゴとサンゴ礁のはなし』(中公新書) など

 

執筆者:吉田大樹
 「こころが自由であること」をテーマに、そうあるために必要だと思えたことをもとに活動しています。制約がありすぎるのは窮屈で不自由なのだけど、真っ白すぎても踏み出せない。周りに合わせすぎると私を見失いそうになるのだけど、周りは拠り所でもある。1986年岩手県盛岡市生まれ。

 

 

 

目次

  • はじめに
  • 第一章 サンゴが形成する世界と、生きる環境
  • 第二章 共生その一、褐虫藻とのガッツリな共生
  • 第三章 共生その二、カニやエビなどの周りの生物とのゆるめの共生
  • 第四章 1+1が2よりはるかに大きくなる
  • コラム 地球温暖化によって、熱帯の海の生物多様な世界が消える

 

第一章 サンゴが形成する世界と、生きる環境

サンゴ礁には、黄、緑、紫などの多様な色のサンゴがあり、その周りには、発色豊かな魚や、エビ、カニ、貝類などが生息しています。
 サンゴ礁とは、熱帯・亜熱帯の浅い海で、主にサンゴがつくった石灰石の骨格が固められて形成された岩場です。つまり、サンゴやその他の生物が生息する地盤自体も、サンゴで形成されているのです。
 熱帯の海というと、生物が育ちやすい環境というイメージがあるかもしれませんが、サンゴ礁の周りの外洋には、あまり生物がいません。サンゴ礁は、生物が乏しい海洋に存在しているのです。そのような熱帯の海洋を砂漠に例えて、サンゴ礁は「海のオアシス」と呼ばれることもあります。

 

では、なぜ熱帯の海洋には生物が少ないのでしょうか。実は、熱帯域の海水中には、窒素やリンといった植物が育つために必要な栄養が少ないのです。海における食物連鎖は、植物プランクトンや海藻が育ち、それを動物プランクトンが食べ、それを小魚が食べというように、植物プランクトンや海藻といった植物が起点になっています。しかし、その植物が育つための栄養に乏しいのです。
 サンゴは、その風貌から植物のように感じてしまいますが、動物です。動物プランクトンを餌としますが、動物プランクトンが食べる植物が育つ栄養がない、だから結局サンゴの食べ物がないということになります。
 このような、生物にとって致命的な「食べるものがない」という状況を打開したのが、動物であるサンゴでした。貧栄養の海域で、植物ではなく動物であるサンゴが、どのようにして生存し、さらには多様な生態系の基礎を作っていったのでしょうか。

 

その謎を解くキーワードは、「共生」です。

第二章 共生その一、褐虫藻とのガッツリな共生

少し信じがたいことですが、サンゴの”細胞の中”には、褐虫藻かっちゅうそうという植物プランクトンが多数住み込んでいます。褐虫藻は、直径0.01mm程度の丸い小さな粒上の生物で、サンゴの細胞の中で光合成をしています。しかし、植物にとっての栄養である、窒素やリンの少ない海洋に住んでいることには変わりありません。生きている環境自体に栄養が足りないという問題を、どのように解決しているのでしょうか。
 そのゼロからイチを作り出すような仕組みを、サンゴは、褐虫藻との絶妙な共生関係によって創り出しています。

 

サンゴは動物なので、食べれば排泄物を出しますが、そこに窒素やリンが含まれています。植物にとっての栄養となる排泄物を、褐虫藻は、サンゴの細胞の中で直接もらいうけるのです。もし、サンゴが排泄物を体外に出してしまった場合、海水で薄まり、かき集めるにはエネルギーが必要です。褐虫藻は、細胞の中に住むことで直接もらっているのです。
 サンゴが、褐虫藻に提供しているのはこれだけではありません。サンゴは呼吸をするので、二酸化炭素を吐き出します。褐虫藻が光合成をするためには二酸化炭素が必要ですが、これもまたその場でもらいうけるのです。
 さらにサンゴは、褐虫藻が光合成をしやすいように、自分の身体を光の方向に延ばしていくのです。サンゴは、個体では大きさが数mmから1cm程度ですが、個体を連結させて群体として身体を大きく成長させていきます。サンゴはその身体を、光がより当たりやすくするために、木の枝のように成長させていくのです。


 しかも、サンゴの身体は石灰分でできているので堅牢で、刺胞しほうという毒針も持っています。褐虫藻は、サンゴの中に住んでいれば、外敵に襲われたり波で破壊されたりする心配も少ないのです。
 加えてサンゴは、褐虫藻のために紫外線をカットするフィルターまで形成してくれます。紫外線は、光合成に必要な葉緑体を破壊してしまい、植物プランクトンにとっては大きな脅威となるためです。
 つまり褐虫藻は、サンゴから窒素やリン、二酸化炭素といった食べ物と、日当たり良好で、防犯と紫外線カット機能を備えた堅牢なコンクリートマンションを提供してもらっているのです。

 

もちろん、サンゴも褐虫藻から大きな恩恵を受けています。それは、食べ物を直接もらえることです。
 褐虫藻は、サンゴの中で光合成をし、そこで生成された炭素化合物をサンゴに提供するので、サンゴは食べ物をよそから調達する必要がありません。
 また、石の家をつくる際に必要な物質もサンゴに提供しているとされています。
 さらに排泄物は、褐虫藻が養分として利用するので、トイレに行かずともサンゴの家の中はキレイに保たれます。
 加えて、サンゴの呼吸に必要な酸素は、褐虫藻が光合成で生み出してくれます。
 このような共生環境による効率的な仕組みによって、サンゴは貧栄養な場所にも関わらず、人間が住めるほどの大きなサンゴ礁という地盤を作るくらい、成長することができるのです。

 

余談ですが、褐虫藻がサンゴの中に住むことになったきっかけとしては、サンゴが褐虫藻を食べちゃった、という説があるようです。サンゴが食べた後「意外と褐虫藻使えるな」と思ったのか、褐虫藻が必死でアピールしたのか分かりませんが、一体化に近いほどの協力関係を築く、という生存戦略が成功し、今のサンゴ礁が形成されました。

第三章 共生その二、カニやエビなどの周りの生物とのゆるめの共生

サンゴは、褐虫藻かっちゅうそうとの共生で生存と成長の基盤を築きましたが、さらに他の生物とも共生関係を築いています。サンゴは、褐虫藻の時と同様、他の生物にも食べ物と家を提供しているのです。サンゴが提供する食べ物は、サンゴが分泌する大量の粘液ねんえきです。
 サンゴにとっての粘液の役割は、清潔の維持と保護です。サンゴの上からは砂粒などのゴミが降ってくるので、体表に堆積すると褐虫藻の光合成に支障をきたします。体表を覆うように分泌された粘液にゴミを付着させ、汚れたら脱ぎ捨ててまた新しい粘液を着るというプロセスで、体表の清潔を維持しています。また、異常な高温や低温、強い紫外線、大潮による干上がりから、身体を保護する役割も果たします。
 粘液は栄養価が高く、増えすぎたり死滅したりした褐虫藻も同時に放出され、また周囲の有機物もからめとられるため、動物にとって良い食料になります。
 その食料の提供を受ける生物の一つが、サンゴガニです。ブラシ状に毛が生えた脚で、粘液を上手にからめとり食しているのです。サンゴガニは、住居も提供してもらっています。サンゴは枝別れした形状をしていますから、サンゴガニの敵である魚が入ってくることはできません。
 サンゴガニは、サンゴの軒先で食べ物をもらいながら、安心感を持って生活しているのです。

 

そのサンゴガニも、有事の時には日頃の恩を返すためにしっかり働きます。
 サンゴにとっての天敵はオニヒトデです。オニヒトデは、腕が約15本あり体長も60cmになることもあります。そのオニヒトデは、サンゴの上にまたがり、胃を体内から吐き出し胃の内側を直接サンゴに押しつけ消化液を注ぎます。これには、さすがの石造りの家もひとたまりもありません。
 サンゴガニは、そのオニヒトデの撃退で活躍します。オニヒトデの接近を感じ取りハサミで攻撃することで、オニヒトデは撤退していくのです。

 

サンゴガニの他にも、サンゴに住居を提供してもらっている居候いそうろうはたくさんいます。
 その中には、サンゴガニのように恩を返すものもいますが、ただ食べるだけ・住むだけの生物もいるそうです。サンゴガニも、ゴミが堆積する前に粘液を食べてしまえば、サンゴはまた粘液を吐き出さなければいけなくなります。つまり、サンゴにとって多様な生物との共生は、必ずしも合理的なwin-winな関係ではない場合もあるのです。

 

リベル:合理性やwin-winなどよりも、分け隔てなく多様に受入れたということが、サンゴ礁という世界ができた一つのポイントのようだ。それによって、人間という生物も観光客として集まってきたし(サンゴにとっては迷惑…?)。サンゴ礁のように、利他的な行為を積み重ねていたら、気づいたら一つの世界を作ってしまっていたという例は、私たち人間の世界でもあるのだろうか。

 

しかしながら、多様な生物に住んでもらっていることで、時にはサンゴガニのように自分にとっての天敵を撃退してくれるものも現れます。いろんな生物を住まわせておくことで多少のデメリットもあるのでしょうが、それでも致命傷を避けられる体制が自然と築かれています。「この生物は自分にとってどんなメリットがあるのか」という合理的な損得ではなく、「天敵でなければ共生する」という選択をすることで、サンゴは自身の生存と繁栄を実現しているのです。

第四章 1+1が2よりはるかに大きくなる

貧栄養な熱帯の海洋で、サンゴは褐虫藻かっちゅうそうに快適な食と住の環境を惜しげもなく提供しています。それによって、サンゴは動物でありながら、体内で食料と住居の材料を手に入れることに成功し、せっせと自分の身体を大きくしていきました。
 そこには、サンゴガニをはじめとした様々な生物が集まってきて、サンゴは彼らにも食と住を提供しています。それによって、生物多様性の高い生態系が築かれ、天敵を撃退する防衛体制も自然と築かれ、生存と繁栄をしてきました。

 

サンゴは、ゼロからイチを作っただけではなく、一つの世界を創ることに成功しました。さらに驚くべきことは、その世界の起点となったサンゴと褐虫藻は、共に原始的な生物であるということです。
 自分一人ではできることが決して多くない小さな一が足し合わさることで、気づいたら二をはるかに超えるものを創り上げていました。

 

最後に、本川先生にこんな問いを投げかけてみました。
「人間社会における既存のシステムやサービスで、サンゴのように他者貢献によって、一つの世界の核となっているものとしては、どのようなものが挙げられますか?」

 

本川先生:前提としまして、サンゴは住む場所と食べ物を提供していますが、それらは動物すべての生存の基礎です。陸だと樹木が該当しますよね。樹木は、葉っぱや蜜を提供し、そこにいろんな動物が住んでおり、動物は樹木のおかげで生きていける。樹木は、葉っぱとか蜜とか多少は自分自身が食べられながらも、絶滅しないで生きているのです。そういった核になるものがあるから生態系というのは成り立っているのです。
 人間社会も、たった一人で成り立っているわけではない、生きているわけではないと思います。いろんなシステムを作って成立していると思います。例えば、トヨタさんが稼いでくれて、国に税金を納めてくれています。雇用も生み出して、下請けのことも考えて経営をしていると聞きます。ある程度はトヨタさん自身が食われながら、周りの人も生きていけるように貢献するということは重要なことです。
 反対に、従業員などのその恩恵を受ける人が、本体が死なないように貢献することも必要だと思います。自分たちにとっての核が育つように、一方でそういう人材が育つように本体も働きかける。そうして、また次の核の種を生み出すことも大切です。
 人間は社会的な動物ですから、そういったシステムを働かせるようにしていくことが、生存と発展のためには必要だと思います。

コラム 地球温暖化によって、熱帯の海の生物多様な世界が消える

サンゴが熱帯の海の生態系の核になっているということは、サンゴに何らかの異変があると、その生態系は直接的に影響を受けることになります。

 

「サンゴの白化現象」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 

夏場の最高水温例年より1〜2℃高い日が30日続くと、サンゴの中の褐虫藻かっちゅうそうが逃げて、サンゴが白化してしまいます。サンゴの褐色は元々は褐虫藻の色なので、褐虫藻が抜けるとサンゴの白い骨格が透けて見え、サンゴが白く見えるのです。
 温度の上昇で褐虫藻が逃げる原因はまだ研究段階ですが、水温の上昇によって褐虫藻の光合成が活発化しすぎることにあるのではないかと言われています。光合成が活発になると、サンゴが必要とする以上に酸素が生み出され、毒性の高い活性酸素も発生します。サンゴからすると、自身の体内に毒物を発生させる褐虫藻を住まわせておくわけにはいかないので、追い出さざるをえません。褐虫藻も、自分が住んでいるサンゴの細胞の中という閉鎖空間に劇毒の活性酸素がたまるのですから、外に逃げ出さざるを得なくなります。
 褐虫藻がいなくなるとサンゴは、褐虫藻の光合成によってもたらされる栄養や酸素を得られなくなります。ですので、白化現象が一定期間続くと、サンゴは死滅してしまいます。
 海水温の上昇の原因の一つは、地球温暖化だと言われています。サンゴが褐虫藻との間で築いた絶妙な共生関係は、ちょっとした環境変化で大きな影響を受けてしまうのです。
 そして、サンゴが死滅してしまえば、その周りに築かれた生物多様性の高い世界も失われてしまうのです。

 

 

(2019年9月16日掲載)

 

〈参考文献〉

  1. 本川達雄著(2015)『生物多様性』(中公新書)

 

 

 

 

 

生きるために尽くす。 #リベル

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