東京・丸ノ内に、とあるリサイクルショップがあります。超高層ビルが立ち並ぶ丸ノ内には石畳が敷かれた欧風のショッピング街がありますが、誰でもそこに出店できるわけではありません。“ハイソ”な雰囲気を漂わせる店たちにならんで、庶民のものとも言えるリサイクルショップがあるのです。そのお店の名前は「PASS THE BATON」。人が思い入れをもって使ってきた物を、その人たちのストーリーとともに売るお店です。「もったいない」を口癖に物を大事にする文化のある日本のその中心地に、物を循環させる拠点があるのです。買取ではなく委託販売のかたちがとられるPASS THE BATONは、思い入れのある物が循環するプラットフォームとも言え、それは今後Webのプラットフォームへと進化し、世界へと広がっていきます。
(こちらで解釈・要約しています)
こんな素敵なコンセプトと構想のある事業を知ったのは、『やりたいことをやるというビジネスモデル』を読んだからでした。著者は、「Soup Stock Tokyo」などを手がける株式会社スマイルズの代表を務める遠山正道さんです。あるとき遠山さんのもとに持ちかけられた丸ノ内への出店の打診から始まったこの事業は、「物々交換なんてどうか。いやでもビジネスとして成り立たないし」なんていうアイディア出しから始まりました。
遠山さんは家に帰っても、なにをどうしようかと考えていました。すると、家で使っている江戸後期の蕎麦猪口を眺めながら「骨董」というワードが頭に浮かび、そこからアイディアが広がっていきます。骨董にかわいいラッピングをほどこしたら、案外いいのではないか。でも、それでも買ってくれる人は骨董好きな人に限定されそうです。そんなことを思いながら寝床につくと、あることをひらめき、むくりと起き上がって深夜2時にコンビニに向かいます。そしてお菓子を買って、蕎麦猪口と一緒に包んでみました。おまけがつくことで、骨董好きの人だけではなく、広く一般の人にも興味を示してもらえるのではないかと思ったのです。
翌日会社にもっていき、会議室でマネジャーに聞いてみました。「1480円だけど、どお?」と。
PASS THE BATONのロゴは、はじめ遠山さんがデザインしました。街中でよくみかけるSoup Stock Tokyoのロゴは実は遠山さんが自ら描き、お店のテイストなどもスマイルズが自前で決めているそうです。自前主義が根付いていたのですが、今回は「キギ」というグラフィックデザイナーに依頼することにしました。ロゴは遠山さん自前のものでいいと思っていたようですが、オペレーションの面でうまくいかないことがあり、他の依頼と合わせてそれとなく相談してみたのです。すると、「メジャー感」を出したいという遠山さんの意向に対して、それまでのロゴでは不十分であるということがわかり、ロゴを洗練させることにしました。一部の趣味に厚い人向けにではなく広く一般にを目指していたPASS THE BATONに、メジャー感は大切な要素でした。
商品は、自分たちで一つ一つ調達していくだけではありません。あるとき、さまざまな食材を扱う食のセレクトショップ「DEAN & DELUCA」のトートバッグのB品に目をつけて、コラボレーションのお願いをしに行きました。DEAN & DELUCAのトートバッグはとても人気なのですが、コラボレーションをしない方針です。しかし、食の付属品として必要量しか製造していないとはいえ、どうしても出てしまうB品を、リサイクルして世に出すべきではないかという遠山さんの話に賛同はしていました。そうして、コラボレーションは実現していきます。でも出来上がったデザインは、DEAN & DELUCAのロゴの上に少しかぶさるように、PASS THE BATONのリサイクルデザインが施されたものでした。ほんのすこし戸惑われましたが、GOが出ました。
しかしDEAN & DELUCAの本拠地・アメリカに内緒で進めてしまったため、日本法人は本国と大げんかです。それでも、大人気だし、コンセプトもいいしということで、なんとかおさまっていきました。ちなみに、PASS THE BATONの店舗ではインコを飼っていたそうですが、これも店舗の管理会社には内緒で行ったことでした。動物を飼うといったら「それはちょっと…」と管理会社の担当者に言わせてしまうことになります。特に食品を扱っているお店でもなかったので、そこは大人の判断をして内緒で飼い始めたそうです。
夢が広がるようなコンセプトの反面、あまり一般にみられるような事業ではないため、どうなるか分からない、いや多くの人はうまくいかないと言うでしょう。しかも、日本の一等地、東京・丸の内は、とうぜん家賃も高い…。でもそこは、遠山さんのやまない妄想の渦が周りを巻き込んで、徐々にかたちを成していったようでした。
一般的なビジネス書は、成功したものを後から振り返って、うまくまとめられたものが多いように思います。少しうがった目でみるならば、辻褄を合わせるようにきれいに整理し直しているのではないかとか、事業者の記憶が無意識に再構成されているのではないかなんて思ってしまいます。でもこの本はどちらかというと、妄想の拡がりをそのままに書いてくれている印象でした。タイトルには「ビジネスモデル」とありますが、そんな、モデルのような整った内容のものではありません(失礼ですが…)。そもそも事業計画のようなものも作らなかったようです。遠山さんがコーチングを受けることがあり(本人曰く「なぜか」)、そのときに事業計画を作ったそうですが、作ったものはパワーポイントやエクセルでまとめられたものではなく、イラストレーターで描いた絵でした。事業計画すら妄想でつくることができるのです(またまた失礼ですが…)。
もちろん、現実的な葛藤もあり、それについても本の中では触れられています。そんな現実と妄想の葛藤、でも妄想が優先され大切だと考えるこの本は、妄想を広げに広げたいときにいいのかもしれません。妄想と、そして妄想に(すすんで)巻き込まれていく人たちの話は、一つの冒険物語のようでもありました。おすすめします。
ちなみに、この本のブックデザインもロゴを手がけたキギさんが手がけたようです。参考までに、キギさんのPASS THE BATONのプロジェクト紹介はこちらでされています。
〈今回の本〉
・遠山正道著『やりたいことをやるというビジネスモデル―PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)
(吉田)