今から約60万年前、ホモ・ハイデルベルゲンシスという私たちの遠い祖先が存在していました。
彼らは石斧を一つの道具として使っていました。石斧は、大型獣の狩猟や解体、木の伐採や切断などに使われるものであるため、基本的には機能重視です。
しかし、石斧の中には、光沢や彩度に優れた石材を特に緻密に打ち砕いて左右対象に仕上げられた特製品が見られるのです[1,kindle181]。機能としては、ここまでの精度は必要ありません。60万年も昔に、彼らはなぜそのような石斧を作ったのでしょうか。
認知考古学者の第一人者である英国のスティーヴン・マイズンとマレク・コーンは、高精度の石斧は男性が女性にアピールするために作られたと考えています。「おれはこんなものを作れる優れた男だ」とアピールする意味合いがあったというのです。
60万年も昔であれば、「いや、道具はいいけど、肝心の食料を獲ってきてよ。」と女性に突っ込まれそうです。しかし必ずしもそんなこともなかったということのでしょう。ライオンのタテガミやクジャクの羽と同じような意味合いで、美しい容姿や造作物は、優劣を表す一つの指標だったのです。
60万年前、男たちは、いい材料を見つけては磨き上げ、自分の能力を誇示していました。「美」というものは、古今東西で共通するアピール方法であると言えそうです。それにしても、60万年前でも今と同じようなことをやっていたのだなぁと、ホモ・ハイデルベルゲンシスになんだか親近感が湧いてきました。
※画像は石槍です
〈参考〉
1.松木武彦著『美の考古学 ー古代人は何に魅せられてきたか』(新潮選書,2016)
2.画像元のフリー写真提供者:https://www.photo-ac.com/profile/1767931
(吉田)