「美」は、敬いの気持ちを抱かせます。
たとえば、素晴らしい絵を見た時に、その作者に興味が湧き、どんな背景を持つ人物なのかが気になり出します。そして仮に会えたとしたら、敬意を伝え、腰を下げていろいろなことを聞かせてもらうのではないでしょうか。素晴らしい本を書いた作家や、驚嘆する理論を導き出した研究者などに対しても同じであろうと思います。こんなものを生み出す人はきっとすごい人に違いない、いや絶対にすごい人だと信じる気持ちを抑えることはできないのではないでしょうか。
考古学者の松木武彦氏は、社会形成における美の役割について次のような見解を示しています[1,kindle348]。
少なくとも、先に社会ができ、つぎにその社会の形に合うように美が創出されるという順番ではない。もっと主体的に、美は社会を織りなす役割をはたしてきたにちがいない。
エジプトのピラミッドを例に、ピラミッドのような美が、人々の感情や思考を育み、階級社会を導くことにつながったという考えを示しています。
つまり、美と社会形成は相補的なもので、社会形成がされてから美が付属的に立ち現れたあわけではないという考えです。美が人々の思想に影響を与え、もっと直接的に社会システムの形成に寄与したというのです。
現代の私たちは「美」という武器をうまく使えているのでしょうか。
科学が発達し様々な論理が飛び交う社会では、非論理的な「美」は力を発揮しにくいようにも思われます。でも、そんな時代だからこそ、「美」をもっと武器として使ってみたいとも思いました。
〈参考〉
1.松木武彦著『美の考古学 ー古代人は何に魅せられてきたか』(新潮選書,2016)
2.画像元のフリー写真提供者:https://www.photo-ac.com/profile/305479
(吉田)