2020.06.20

血湧き肉踊るコーヒーハウス。

 17・18世紀のイギリスで急増したコーヒーハウスは、庶民にとっての情報・政治・経済の中心拠点でした[1]。どんな人が出入りしても、どんな話題を持ち出しても自由であったため、様々な人が集まってきていたのです。

 ときには、政治家志望の青年の大演説の場になりました。コーヒーハウスは世論形成の場にもなっていき、政府にとっての脅威になり、1675年には「コーヒーハウス禁止令」が出されたそうです[1,kindle1358]。ただ、非難の声が大きすぎて11日で撤回されたようですが。

 一部を事務所のように使ってもいいとしていたコーヒーハウスもあり、経済の情報や人も行き交うような場でもありました。1700年頃には、コーヒーハウスが海運業についての有名な『ニューズ』誌を発刊したり、海運・海上保険の取引や発展の場にもなったのです。海賊も出入りしていたのでしょうか。

 庶民の株式の売買の場にもなっていました。当時は、株式投機ブームでした。
 株式会社の始まりは1602年の東インド会社であると言われていますが、当時の人々は株式の意味をまだ十分に理解していませんでした。ただただ熱を帯びていたのです。
 「鉛から銀をつくる会社」「離婚保険会社」「200万ポンドで、イギリス全土の必要な家をただちにまったくの空き家にする会社」などの会社株式に十分な買い手がつきました[1,kindle1386]。

 新大陸の発見や産業革命によって、人々は世界の発展の可能性を信じ、なにかうまい話はないか、いや絶対にあるはずだと、コーヒーハウスを訪れていたのです。血湧き肉躍る場所は、頭をすっきりさせるコーヒーと、自由な雰囲気を提供するコーヒーハウスにありました。


〈参考〉
1.角山栄・村岡健次・川北稔著『生活の世界歴史〈10〉産業革命と民衆」(河出書房,1992)

(吉田)

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