
参加者に任意でいただいた読書感想を掲載します。15日(土/午前)は5名、16日(日/午前)は5名、16日(日/夜)は2名の参加でした(主催者含む)。
土曜日の「質問「 」について考える時間。」の質問はこちらでした。
空に手で触ることができますか
田中未知著『質問』(文藝春秋)
3月15日(土/午前):読みたい本を気ままに読む読書会
よしださん『世界一シンプルな進化論講義』更科功著
今の地球をリセットして、もう一度ゼロから生命が誕生し、進化し、46億年経ったとき、今と同じような生き物のかたちになっているのか、そんな話が書かれていました。
同じようになるだろう派としては、物理法則は不変なのだから、それに応じた合理的な形態の生物になるだろうということ。たとえば、魚は水の抵抗を抑えるために紡錘形になるし、体重を支える限界としてゾウが最大級の動物であるだろうということ。
違うのではないか派としては、進化は複雑で偶然の要素も大きいということ。たとえば、カモノハシは哺乳類でありながら口ばしがあり水中で電気を感じながら餌を見つけるらしい。これはかなり特異な進化であるということ。
これらの話もおもしろかったのですが、進化は今でも続いていて、ホモ・サピエンスはわずか20万年しかまだ生きていないのだと実感しました。繁栄はしているのだけど、生命の歴史からすると今の段階では短期的な繁栄でしかないということです。これが長期で続くのか、確認できないのがなんだか少し残念です。
3月16日(日/朝):〈お試し企画〉散歩して書く会(仮)
朝6時から開いたお試し企画です。初めての試みでどのような感じになるかわからなかったので、運営グループ内だけで参加者を募りました。
〈ながれ〉
1. まず30分間外を散歩する。
2. 戻ってきて30分間文章を書く。
3. 散歩して、文章を書いた体験について話す。
しょうごさん
とりあえず家を出た。寒い。雨降っている。傘をさす。傘に当たる雨の音。パラパラではないぼつぼつって感じ。いつもと見慣れた光景。今日はいつもいかないところに行こう。数十メートル歩いただけで見知らぬ光景。いかにぼくがパターン化された人間か物語っている。いつも行くスーパー、ドラックストア、お弁当屋さん、コンビニ。家の近所に行くときはだいたい決まった場所で決まったものを買う。だたちょっと横道に入るだけで少しパターンから外れることができると思った。
住宅がたくさんある。よくもまあ人間こんなに家を建てたもんだ。家、家、家、家だらけ。だから家をよく見た。新築っぽい家、少し古びた家、かなり古びた家、空き家っぽい家たくさんあった。新築っぽい家はなんだか様々な種類がある、少し深藍色の家、赤みがかった家、ウッドハウスっぽい家。でも築50年過ぎてそうな家は判を押したように同じパターンがおおい。その築50年過ぎてそうな家の中にちょっとだけおしゃれな郵便ポスト。真っ黒で頭が大きくて、足が一本しかない、馬に乗った中国人っぽい少年が書かれているポスト。おもしろい。判をおされた中でちょっとしたおしゃれ。それが人生を豊かにするのだろう。
新築から築50年以上の家まで様々あったが、一見このなんの変哲もない住宅街も歴史を重ねてきたのだろう。様々に家が立って壊されてまた立って。でも壊されていない建物もあって。1つの地域で歴史の重奏的なものを感じた。
しかし、さすがに築100年はなさそうだ。地域の記憶も人間の寿命ぐらいの年月しか保持できないかもしれない。他の場所にいけば築100年の建造物を見れるかもしれない。しかし、維持するためになにか手は施されているし、なんの手も施されていなかったら、誰も住めない建物になってしまっているのだろう。人間の寿命を超えるとそれ以降はまた別のものになってしまうような感じがする。
もう少し歩くと、トンネルがあったそこを抜けたら夏にプールまで言った道に出た。そことそこがつながっていたのか。意外とそういう事ある。
yuさん
朝6時に、パソコンの前に集合して、30分歩いて30分書いて。
シェアの会に参加した。普段メモくらいしか書いてないけど書くことが気になり参加。
まず、朝6時に集合って起きられるかなって心配。
霧雨の朝。雨用のスニーカーを履いて家を出る。30分に戻ってくるには?ってタイマーをかける。目的地もなく歩くのってないな。樺沢しおんさんのYouTubeで「睡眠・運動・朝散歩」って基本のことを教えてくださっているのを見ていて気になっていたけどまったくできていなかったな。
まず、「歩いて書く」ってところから吟行でしょうと思い、「俳句手帳春2025」とペン・スマホ・家の鍵のみの持ち物。いつも飲み物を持ち歩きがちで重くなるけど身軽で気楽。過去に「俳句の会」に参加していたことを思い出す。いやいつも頭の片隅にあったかも。歳時記どこいった?
なんとなく家の周りを歩く。裏側にまわる。何かの香り、探す。
「未だ暗し つんと香るや 沈丁花」
うん。散歩していることもわからないし、沈丁花の香りはつんとしているのかな。香を表すのってどうしたらいいんだろう・・
「散歩道 なつかしき香や 沈丁花」
早朝ってわからんな。ん。
小さい古民家風カフェにオレンジの灯りがともってて窓際につばひろ帽をかぶった男性?が座ってなにか書いている?
あの店開いているのかな。店の周りをうろうろする。案内表示はなにもない。セロ弾きのゴーシュの世界みたい。
「春の朝 小さな窓辺 つば広帽」
ん。人がかぶっているってわからんな。
家に引き返す。
そこで23分経過。
書かないとなのにお湯を沸かし、豆を挽きドリップする。
時間ないのにしなくてもいいことをしてしまう。出勤前もそう。行動がワンパターン。
朝散歩って、大分県の日田市に民泊に行ったときのことを思い出す。
散歩に誘われて歩いた。クレソンがビニールハウスの近くにたくさん群生していた。採って食べた。そのお宅は湧き水の小さな池にグレーの鯉もいたな。
環境が違いすぎるな。
「大分の民泊の朝 小川のクレソン」
クレソン群生?野良のクレソン?
7時になった。オンラインで再度集まった。4名で感想のシェア。
・犬の散歩をした人
・昨日の読書会で「現代思想入門」が課題ではじめこわいと思ってたOさんに隙があって仲良くなったこと
・地域の記憶と人間の寿命について考えたこと
朝活、楽しかった。書くことって頭の体操なんかな。
tanakaさん
まとまった睡眠、久しぶりにまとまった睡眠をとったせいか、妙に元気。
外は雨。寒そう。ダウンとネックウオーマー、カイロを腰に貼り、ビニール傘を片手にもって、家を出る。春だから、と気分を入れかえて、歩く。散歩で見つけたものを意識的に探そう、それをあとから書こうとしているまったく創造性のない自分に少しウンザリしたまま、それを受け入れるようにして僕は雨の中をまえにまえに歩く。
家の前にレクサスが止まっていることにきづく。羽振りのいい奴がいるらしい。もしかしてこのレクサスは、大家が去年言っていた、5階のほとんど住んでいない、仕事の都合で5階を借りているという、あの人かもしれない、と書いているとき、きづく。
そして歩く。公園が見えて来る。いつもの公園。そして公園の向かいにあるA邸。家の中は真っ暗だから、Aさんはまだ寝ているのだろう。なんせ朝の6時過ぎ。しかも日曜日。
それにしても昨日のA邸のZさんの恐怖。いや、ほかの常連のおじさま方々が思いのほか優しいから、僕が勝手にA邸を安住の場に感じているそのギャップが、そう思わせたのかもしれない。博識すぎるZさん。その存在は闇のようで僕はさいしょ、とにかく怖かった。未知は恐怖。課題本の読書会。「眉唾物でしょ?!」とA邸の2階に響くZさんの裏声。
得体が知れないうえに、洗練されているZさん。
上品そうな紺色のセーターに、アイロンがびっちちりかかったベージュのスラックス、眼鏡はいかにも高級そう。大学の先生なのだろうか。いや、どうやら営業らしい。営業なのか?!この人が!と昨日僕は思った。
Zさんはずっと言っていた。「眉唾物ですね!この本!」眉唾物が口癖らしい。左手には課題本、右手には『構造人類学』レヴィ・ストロース。相当読み込んでいて、いたるところにマーカーが引いてあるのは「構造人類学」。レヴィ・ストロースは何度も何度も読み込んだ、と熱弁するZさん。いったい、いくつなのだろう、白髪や肌の感じからすると60手前くらいだろうか。レヴィストロースに魅せられた人は池澤夏樹といい、爬虫類に顔が似ている。そしてなぜかサルトルの顔になる、という滑稽なことを読書会の場で僕は考えていた。「これ、なんなの?!なんなの、これ?!」とZさんは絶叫していた。洗練されすぎているのに、感情表現が中学生と変わらないギャップ。まったく怖くない。そう、途中から僕はZさんのことが、全然怖くなくなった、だから仲良くなれた。ということに僕は書きながらきづいた。
散歩に話を戻す。さっきまでは暗かった空が明るくなり始めている。A邸の前の自販機でジョージア香るブラックを買う。職場で累計2000本は飲んだであろう、ジョージア香るブラックを、僕は久しぶりにA邸のまえで一口飲んで、そのおいしさにホッとする。そして書いているまさにいま、その香るブラックの熱は、すっかり冷めてしまてっいることにきづいた。
takashiさん
今朝は散歩して文章を書く会に参加した。今朝は犬と小雨の中を歩いた。
まずは犬のこと。
雨が降ると犬はやたらと地面を嗅ぎたがる。雨粒が何かを落としていくからなのか、土の中の生き物が活発に動くからなのか、理由は分からないがいつもと匂いが違うのだ。そしてこれも理由が分からないが、犬はそれを嗅がなければならないみたいだ。犬は嗅覚でできた世界像を持っている。彼らは雨が降るたび世界を組み直しているのだろうか。
次に人のこと。
犬を散歩させていると、同じく犬を散歩している人によく話かけられる。話しかけてくるのは中年以上の女性だ。私は男だが、犬を散歩させている男性どうしは会釈こそすれ会話することは稀だ。つまり私を含め、男は声をかけない。受け身なのだ。
人と人とのつながりはこうあるべき・・・なんて頭で考えているけれど、まず声掛けができるかどうかだよなあと思い返してみた。
〜主催者のしょうごさんより〜
3/16(日)午前6:00からリベル運営メンバーのみお試しで「散歩して書く会」を開催しました。この会は散歩をして外の世界から受けた刺激、身体の実感と、思考・制作をどのように接続するかがテーマになっています。
流れはまず、近所を散歩をして、文章を書くことを1時間程度した後、散歩してどうだったか?書いてどうだったか?を30分ほど共有しました。
やってみて、普段の読書会とは質の違う空気感でした。ゆるい感じというか。「家の近所にこんなのあるよ」というような話から入っていきました。
ただ、そこから俳句の話題になり、俳句を通じて体験とか、感覚をどう言語に落とし込むかという話になりました。同じ体験をしても、どんな単語を選ぶか、文の流れをどうするかで、だいぶ印象がちがいます。今後文章を書くうえで俳句を学ぶと表現の幅が広がるなと思いました。
3月16日(日/夜):読みたい本を気ままに読む読書会
yuさん『エジプト人シヌヘ』上巻 ミカ・ヴァルタリ (著)
第7の書「ミネア」を読みました。古代エジプト人の医師シヌへの旅の物語です。ヒッタイトにいてこの国の法律のところを読みました。病を恥と考えていたそうです。それぞれの神やくさび文字を粘土板にきざませるなど。奴隷や身分差、金持ちと貧乏人。3500年くらい前の話ですが人間ってあんまり変わらないんだなと思いました。
今日は2人の参加でした。読書会後は、休みになにしてたか、映画館で映画を3本みて夜中になったなど話しました。
過去の読書感想はこちらに載せています。
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