2021.04.17

本能と文明にギャップはあるけれど。 ー本の紹介『人はなぜだまされるのか』

進化の視点から心のありようを捉えると、不都合に思える心の作用も、実は適切なものであるのだと分かるようになります。そしてその上でどう調節したり対応したりしていこうかという、建設的な姿勢をとれるようになると思っています。進化心理学に関するおすすめ図書を紹介しています。

(文量:新書の約14ページ分、約7000字)

 今回は、生物進化の視点から人間の心を捉える「進化心理学」に関する本を紹介したいと思います。進化の過程から考えることで、その心が備わった背景や生存上の目的が見えてきます。それによって心の全体像やメカニズムが理解しやすくなり、適切な解決策を見出しやすくなったり、心との向き合い方も見えてきたりします。不都合に働いてしまう心を単純に否定するようなことは、あまり適切ではないことが分かってくるのです。
 このコンテンツでは、進化心理学の概要を説明させていただいた上で、おすすめの本を一冊だけ紹介します。前置きが長くなっていますので、本の紹介だけ読みたい方は途中を読み飛ばして、最後の「本の紹介」に進んでいただければと思います。


生物が生まれ持つ形質

 生物にはそれぞれ、生まれ持った形質があります。人類でいえば、手足の指は5本あり、手の小指は小さいわりには力が入ります。これは、斧などの棒状の道具を振るときに力を発揮します。目は二つありますが、ウサギなどと違って二つとも前を向いています。これによって視野は狭く後ろの方は見られませんが、前にあるものならば焦点をしぼってはっきりと見ることができます。また目で色を識別できますが、なんでも見られるわけではなく、紫外線や赤外線と呼ばれるものは見えません。
 このような特徴は生き物それぞれに異なりますが、ただやみくもに備えてきたわけではありません。あるいは、ヒトはこの特徴、ミジンコはこの特徴、ヒマワリはこの特徴というように、誰かが決めたわけでもないでしょう。生物それぞれの特徴は、それぞれの生物がはるか昔に誕生した時から今までの、生きてきた環境に合わせるように進化し備わってきたと考えられるのです。例えば、シカはシカでも、北の寒い地に生息するシカの方が体が大きいとされています。これは、体積が大きい方が体積に対する表面積が小さくなるため、体表から逃げる熱が少なくなるからであると考えられています。体積あたりの熱の流出が少なくなることで、凍え死ぬリスクが小さくなるのです。仮に体が小さいシカが寒いところに生まれたら凍え死んでしまい、そのようなシカの遺伝子は受け継がれていかないでしょう。環境に適応した個体や遺伝子が生き残り、一つのスタンダードな形質となっていくのです。このように、徐々に環境に最適化されていく進化の過程を「自然淘汰」と言います。
 なお、ここで言う「環境」とは、生物が感知できるもの全てを指します。気候や周囲に存在する生物、目に見えたり皮膚で感じたりする光や聞こえる音、大地の状態などの全てです。人間のような協調的な行動をとる生物の場合は、一緒に活動する仲間の人数や仲間そのものの性質も環境ということになります。ただし、その生物が感知できないものはその生物にとっての環境には含まれません。

進化心理学

 進化に影響を受ける形質は、手足や内蔵器官などの物理的なものだけではありません。怒りや悲しみ、うれしさや喜び、嫉妬や競争心などを抱く「心」も、進化の対象であると考えられています。そして、人類が生きてきた長い歴史から、人間の感情や行動を分析する学問を「進化心理学」と言います。
 進化心理学が対象とするのは、承認を求める欲求や、裏切りに対する嫌悪などの感情だけではありません。記憶の癖や、実際とは違うように物が見えてしまう錯視なども、進化環境を考慮して分析できるのだといいます。
 ただし、心が全て進化によって得られたとは言えないことには注意が必要です。私たちは、生まれもった心そのままで生きているわけではなく、教育などの外的な影響も受けて心は変化しています。例えば、公害を引き起こすような汚水の排出やごみの不法投棄などには強い嫌悪感を抱きますが、これらは学校の社会科や道徳の授業で学んだことの影響が大きいでしょう。他にも、家庭内で「食べ物は残してはいけない」という教育も受けてきたかもしれませんし、また近年では喫煙に対する嫌悪感も急速に高まったのではないかと思われます。人間の心は、どのような社会や文化の中で生きてきたか、ということにも影響を受けているのです。
 しかしながら他方で、新しいものに対する興味の示し具合や、外向的か内向的かといった性格などの面に遺伝の影響があることが、行動遺伝学という分野で示され始めています。遺伝とは、生まれながらに持っているものであり、ずっと遠い昔から脈々と受け継がれてきたものです。したがって、遺伝的な継承の対象である感情や性格といった心も、進化の対象であり、進化環境に適応するように変化してきたと考えられるのです。

 進化心理学から見えてくることを考えるにあたって、考慮しなければいけないことが二つあります。
 一つ目は、進化的に備える形質は、生物が自分の意思で選んだり、目的をもって変化させたりするのでは“ない”ということです。さきほどのシカの例でも、シカが「寒いから体を大きくして、体積に対する表面からの熱の流出量を減らそう」と意図して、体を大きくしているわけではありません。シカたちの中に、たまたま体の大きなシカがいて、その体の方が寒い環境に適しているため、体の大きなシカが生き残りより多くの子孫を残すことになり、結果として体が大きなシカがスタンダードになっていくのです。さきほど紹介した「自然淘汰」とは、自然(環境)が生物や生物の備える形質・遺伝子を淘汰していくという意味であり、主語は自然(環境)ということになります。生物進化の理論では、環境が、生物の形質や遺伝子を淘汰し選択していくと考えるのです。
 二つ目は、進化のスピードは非常にゆっくりであるということです。例えば、シカの体が大きくなるにしても、単純な変化でそれが成立することはありません。体が大きくなれば、それを支える脚も太く強靭にならなければなりませんし、全身に血液を送る心臓も高出力なものにならなければなりません。成長や生活に必要なカロリーも多くなるので、食料獲得の方法も変化しなければならないかもしれません。
 生物の生まれ持つ形質がどのように変化していくかというと、遺伝時の突然変異に依ると考えられます。もちろん、(有性生殖の生物の場合)両親から生まれた子供は、両親それぞれから遺伝子を受け継ぐため、父とも母とも違う子供が生まれます。しかしながら、基本的にはそれぞれから遺伝子を受け継ぐため、両親それぞれに似た形質の子供が生まれます。ただ、ごくまれに突然変異が起き、両親とは違う形質を備えた子供が生まれます。この突然変異は環境に適さない場合が多いので広く繁栄することはありませんが、偶然に環境に適応していた場合、生存に対する強さを発揮し、新たなスタンダードとして繁栄していくのです。ただし、考慮しなければいけないのは、突然変異はランダムであり、且つ遺伝子のごく一部でしか起こらないということです。さきほどのシカの例では、体が大きくなるということは、同時に強靭な脚や心臓などの内臓器官、食料獲得の方法なども変化しなければならないと考えられたのでした。これらのいくつもの形質が都合よく同時期に突然変異することの確率は、かなり低いと言えます。したがって進化とは、膨大なトライアンドエラーから生まれると考えられ、とてもゆっくり起こると考えることが妥当なのです。環境の変化に合わせて、自分で考えて柔軟に変化させられるわけではないのです。

進化心理学から見えてくること ー本能と文明のギャップ

 このような進化の特性を踏まえると、現代を生きる私たちの心は、現代の環境に合っていないのではないかということが見えてきます。なぜなら、人間社会は、生物進化のスピードに比べて、はるかに速いスピードで変化してきているからです。
 人類は、おおよそ200万年間という歴史を狩猟採集を生業とする環境で生きてきました。およそ1万年前に農耕革命が起きて農業を生業とする定住型の生活に移行し、およそ300年前には産業革命が起き生活や社会は大きく変わりました。しかし、いずれの変化後の時間も200万年という時間に比べるとはるかに短く、また進化適応に要する時間としても短すぎると考えられるのです。したがって、今の私たちの心を含めた遺伝的形質は、狩猟採集の時代に適応したままであると考えられます。
 狩猟採集の社会環境と現代の社会環境とは、言うまでもなく大きく異なります。しかし、心は狩猟採集の時代のままです。その狩猟採集の時代のままの心と、今実際に心が向き合っている現代社会の間にはギャップがあり、さまざまなストレスを生み出していると考えられるのです。少しだけ紹介したいと思います。

 狩猟採集の社会では多くても100人程度の集団で生活しており、集団のメンバーは出産と死以外ではほとんど入れ替わることがなく、生涯を一つの集団で生きていました。また、自然界において決して肉体的に強靭とは言えない人類は、協力することで食料を獲得し、生き抜いてきました。
 人間同士で協力し合うという特性は、現代も活かされています。しかしながら、狩猟採集社会では協力し合うのは普段から生活を共にしている信頼し合っている他者です。それに対して現代では、初対面の人や実際に会ったことがない人と協力し合うことも多くなりました。また、生涯でいくつもの集団に属するようになり、それらの集団の数を合計すると100人を大きく越えるでしょう。
 霊長類学者のダンバーは、霊長類の集団のサイズと、大脳新皮質の大きさに相関関係があることを発見しました。集団の数が大きな霊長類ほど、大脳新皮質が大きいのです。大脳新皮質は人間の場合、認知や判断、言語、思考、計画などの高度な精神活動が営まれる場所であるとされています。このサイズが大きいほど、より多くの他者と関係を築き、協調的な活動を行えることが推測されるのです。そして、人間の大脳新皮質から推計される集団のサイズは、150人程度であるそうです。現代の私たちが属する集団のサイズ、しかもインターネットによって急激に大きくなった人とのつながりは、150人を大きく越えていることもめずらしくないでしょう。つまり現代は、脳の容量を大きく越えた人間に会いながら生活することを強いられていると言えるのです。満員電車や街中で他者を気にかけていられないのは、こういうところに要因があるのかもしれません。
 また、一つの集団で、生業も変わらず生涯を終えるのであれば、個人のアイデンティティーも一つの一貫したものであったことでしょう。しかし、現代は同時にいくつもの集団に属し、集団間を移動し、また生業や活動も大きく変えていくことがあります。人は、接する人や何をやるかによって、表に出てくる性格が変わると考えられます。それにも関わらず一貫性を自分や他者に求めるのが現代の社会であり、それがストレスの一つの要因となっていると考えられるのです。
 では、なぜ一貫性を求めるのでしょうか。狩猟採集の時代においてもお互いがどんな人物であるかを見定めた上で信頼関係を築き、協力しあっていたと考えられます。属する集団は一つであったため人物像が一つであることは当たり前であり、人物に貼られたある種のレッテルが、任せる役割などの判断の助けになっていたと考えられるのです。その人のほぼ全てを知っていることが当たり前であり、意外な一面に遭遇することは少なかったはずです。その一貫した一面だけを認識した上で信頼関係を築いていたのだと考えられるのです。また、この人はこういう特徴をもつと断定できた方が、認識や記憶に要するコストも少なく済むでしょう。したがって、狩猟採集の時代に育まれた私たちの心は、一貫性がないことをあまり想定しておらず、非一貫的な人をみるとネガティブな心の状態になるのかもしれません。
 脳も心も、その多くの部分が狩猟採集の時代に育まれたと考えられるため、その時代の環境と異なる現代においてはギャップが生じ、ストレスや混乱を生み出すのです。

 では、このような知見を得て、どうすればいいのでしょうか。「社会は進化していても心は進化していないのだから、ストレスを感じたり非適応的な側面が生じるたりするのは仕方がない」と半ばあきらめ気味になってしまうかもしれません。しかし、心が現代に必ずしも適応していないことを知ることで、まずは「それが当たり前」という寛容な気持ちで受け止めて、その上で建設的に対応策を考えることにもつなげられると考えています。
 例えば、非一貫性に対する嫌悪は、現代社会ではあまり適切ではない気持ちの抱き方であると考えられます。なぜなら、現代ではいくつもの集団に同時に属し、また会社も転職によっていくつも渡り歩くことが普通になり、さらにはバーチャル世界のインターネット上にもコミュニティが形成されているからです。自分の周りの人や行う活動も様々に変わるにも関わらず、一貫したアイデンティティでいることの方が不自然であり、人の心に負担を強いることになると考えられます。したがって、非一貫性というのは嫌悪の対象ではなく、普通で当たり前のことになってきているのです。
 しかしながら、嫌悪感などの感情というものは、その事態に直面した時に一瞬で立ち上がるものであり、意識的にどうこうできるものでもありません。ですので、そのような感情が自分や他者に対して湧くことも普通のことであり、仮に湧いたとしても自分や他者を責める必要はないのだと考えることができます。なにが適切なあり方なのかは難しい問題ですが、一瞬嫌悪感を抱いたとしても、少し間を置いて冷静に、非一貫性を当たり前のこととして意識できれば、お互いにストレスを感じずに良好な関係を維持できるように思われます。そして冷静に意識的に対応するためには、心に対する適切な理解が必要であると考えられます。
 私たちは、生まれながらに持っている心に、教育や制度・システム設計などの後付けの対応を施すことにより、どんどんと文明化する社会に適応してきました。たとえば、「契約」がその一つです。これから協力的な活動をしようとする人と契約の話をするのは、気が引けます。なぜなら、それはその人自身のことを心底信頼しきっているわけではない、ということを暗に意味することにもなりかねないからです。しかし、世界中の人々と協力活動をする現代においては、契約は必要不可欠です。なぜなら、契約がなければ、相手を信頼しきるまでは取引ができず、また取引後も何らかの方法で監視しなければならなくなり大きな非効率を招くと考えられるからです。
 人類はこうした制度や社会システムを開発しながら、本能的に備える心と、発展していく社会との間に生まれる問題を、解決してきたと考えられるのです。進化心理学の知見を借りて、その心が備わった背景や本来の目的から考えることで、心の全体像やメカニズムが掴みやすくなり、より適切な解決策が講じやすくなることでしょう。

本の紹介

 進化心理学の本はいくつもありますが、人間が進化的に備えてきた形質を平易な文章で紹介してくれている本として、『人はなぜだまされるのか ー進化心理学が解き明かす「心」の不思議』(石川幹人著、講談社ブルーバックス)を紹介したいと思います。目次は第一章から、錯視/注意/記憶/感情/想像/信念/予測となっており、一般的にイメージされる心のことだけではなく、視認の問題などについても取り上げられています。
 第一章から順番に読み始めてもよいと思いますし、あるいは第六章の信念のところには、人間の進化環境の説明も多めに載っており、また人間関係に通じるテーマでもあるので、ここから読み始めてもいいかもしれません。
 それぞれの内容はどこか心当たりがあることであり、人間の欠点や誤作動のように思われるものもあるかもしれません。しかしそれらは、人類が生き抜いてきた長い進化環境に適応するかたちで備わってきたものであり、生きてきた歴史そのものであると考えられます(もちろん、すべてが適応しきれてきたわけではないと思われますが)。そして、それらの遺伝的形質の中には、教育や学習や制度設計をできるような心の性質も含まれていると考えられます。私たちが備えている形質の中に現代社会に適応しないものがあったとしても、脈々と受け継がれてきた形質を駆使して、より生き心地の良い社会や人生をつくりあげていくことはできるはずです。進化心理学を学ぶと、なんらかの不都合な心の作用も決しておかしいわけではなく、生きる上での適切なものであることが分かってきます。自分や他者に対しておおらかになり、その上でどう向き合っていこうかという気持ちになれるように感じています。


〈今回の本〉
石川幹人著『人はなぜだまされるのか 進化心理学が解き明かす「心」の不思議』(ブルーバックス)

 また、リベルでも進化心理学をつかって社会生活やコミュニティのあり方について考えた、ブックレットもつくっています。

(吉田)

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