2020.11.29

読書会の話。近くの明かりに気を向けすぎていると。

 昨日は読みたい本を気ままに読む読書会でした。思いがけず私が読んでいるマズロー氏の本と同じ、心理学ジャンルで本を読んでいた方がいたので、その話を少しだけ紹介します。

 その方が読んでいたのは、河合隼雄氏の『こころの処方箋』という本でした。雑誌か何かに寄稿していたものをまとめた本なので、エッセイのような短編が50くらい載っている本だそうです。
 シェアしていただいたことで興味深かったのは、「火を消した方がよく見えることがある」というものでした。こんな例え話が切り口となっています(聞いた話なので多少脚色されています)。
 暗がりの海の中、小さな船で進路に迷っていることを想像してください。|松明《たいまつ》の火を頼りにどっちに進むべきかと模索してみます。しかし、いくら照らしてみても進む方向の目印になるようなものは見つかりません。そんな時、同乗していた人がこう言います。「松明の火を消してみたらどうだろうか」。何をバカなことをと思いながらも突破口が見つからなかったため、言う通り火を消してみます。すると、遠くの方に灯りが見えたのです。灯台の灯りなのか町の灯りなのかは分かりませんが、どちらに進んでいけばいいのか見つけることができました。
 この例え話から、カウンセリングのこんな話に展開していきます(カウンセリングの時の例え話が松明の話だったかもしれません)。ある不登校の子どもを抱える親御さんが、心配して専門家のもとをいくつも訪れます。しかし、なかなか状況は良い方向にいきません。そこで、思いきって専門家へ頼るのをやめて、子どもが何を望んでいるのかを聞くことに徹してみました。すると、そうして寄り添っていくうちに状況は良くなっていったと言います。
 ここでいう専門家とは、先の船の話における松明の明かりということになります。自分の周りにある、明確な効用をくれそうな存在といったところでしょうか。しかし、そこに頼りきるだけでは、本当に大切なものは見えてこない、あるいは逆に見えにくくなってしまうということなのでしょう。手元にある松明の火を消すのは怖いのですが、思い切って消してみると見えてくるものもあるということのようです。

 実はこれと類似するような話が、私が読んでいたマズロー氏の『人間性の心理学』でも出てきました。この本は、5段階の欲求理論や自己実現を中心に、人の欲求や心理について書かれたものです。
 昨日読んでいたところでは、自己実現についていくつかの説明がされていました。その中で、自己実現は有機体の中に既にあるそのものの成長を動機とするもの、というような説明がされていました。つまり、生まれながらに備わっている才能のようなものに従って、研鑚を積んでいるような状態を言うのかもしれません。自己実現の動機は、外的なものではなく内的なものであり、努力しているのとはまた違う状態であると言います。また、何かに欠乏を感じて満たそうとする欲求・動機付けとも違うそうです。あらゆる所作・行為・選択が、その人そのものによって生み出されている状態のようです。
 この自己実現に関する説明は、松明の火・灯台の灯りの話にとても似ているところがあると思いました。あまりに外に気を向けすぎてしまうと、おそらく大切なものであると言える自分の内の動機に目を向けられなくなってしまう、気付きにくくなってしまうのではないかということです。少し強引な照らし合わせかもしれませんが、所属や愛、承認や尊厳の欲求を過剰に掻き立てるものは、松明の火であると言えるのかもしれません。ただし、所属や愛、承認や尊厳の欲求が満たされなければ自己実現の欲求は立ち現れないというのがマズロー氏の主張なので、松明の火を消したからといってすぐに内に目を向けられるというわけでもなさそうですが。しかしそれでも見えやすくなるのは確かなのかもしれません。現代のようなSNSをはじめとした情報に過剰にさらされる状態は、松明の火がありすぎる状態と言えるのではないかと思いました。

 しかし興味深いのは、自己実現とはその人にとってとても自然な状態だと感じられるのですが、その前の4段階の欲求が満たされないと現れないということです。自己実現は自然な状態にも思えるのになぜ最後まで現れないのかは、新たに生じた疑問でした。たしかに、自己実現よりも、生理的欲求・安全の欲求・所属や愛の欲求・承認や尊厳の欲求の方が、生きていく上では重要そうです。そう考えると、自己実現とは、生きる上ではあまり必要のないようなものにも思えてきます。マズロー氏が考える、自己実現状態が人にとって良いと考える理由や、自己実現状態そのものについて、より深く理解したいと思えてきました。


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(吉田)

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