先行きが見えない大きな環境変動では、いつ・どのように・どの程度動くべきか判断に窮します。何かを大きく変え、それまでとは違う形を築いても、次の環境に合っていなければ逆効果になってしまうのではないかなどとも考えられるからです。
しかし、変動後の環境が今とは違うことが明らかなのであれば、変わらないという選択肢はありません。先行きが見えないけど変わることは求められるというような状況では、焦りが生まれるばかりです。
このような状況においては、環境変動の全体像をイメージしてみることが動き方に対する示唆を与えてくれるのではないかと考えました。環境変動とはどのようなフェーズに分かれ、それぞれの期間がどれくらい続くのかをイメージできれば、動き出すタイミングや動き方を考えるヒントになるのではないかということです。
そこで今回は、進化理論の知見を参考にしながら、環境変動の全体像についてイメージしていきたいと思います。現実の人間社会に生物進化の話を持ち出すのも唐突に感じられると思いますので、まずは生物進化の理論を参考にすることがどのような点で有効であるのか、ということから考えてみたいと思います。
環境変動の説明に生物進化の理論はどのような点で有効か
ここでは、人間社会と生物の世界の類似点を考えることで、生物進化の知見を参考にすることの有効性について考えていきたいと思います。人間も生物ではありますが、本コンテンツでは人間が築いた文明社会と、自然環境に形成されている生物の世界とを分けて考えていきます。このようなテーマにあまり関心がない方は、次章に進んでいただいても問題ありません。
一点目の類似点と有効性は、人間社会も生物の世界も共に環境変化が伴い、とりわけ生物は大きな環境変動と共に長い歴史を生き抜いてきたという点です。
生物にとっての分かりやすい環境変動の例としては、過去10億年の間に少なくとも4回は地球が氷に包まれているということです。そのような大変動が起きる度に生物種の大量絶滅が起きており、数千万年前の白亜紀には恐竜類の絶滅が起こり、その後の新生代に哺乳類が繁栄することになりました。環境変動は生物種に生き残りに対する淘汰のプレッシャーを強くかけ、進化や種の入れ替えを促しきたのです。
生物としての人類も同様に地球環境の変動の影響は受けていますが、人間社会に限定した領域でも環境変動は起きています。狩猟採集から農耕へ生業が変わり、さらに産業革命によって工業化社会へ移行しました。また様々な革命によって社会の規範や価値観は変わり、近年ではバブル崩壊やリーマンショックなどによって、それまで繁栄していたものが脆弱性を見せることもありました。したがって、変化を伴うという点では生物の世界も人間社会も同じであり、人間社会の基盤として存在する生物の世界からは、生存戦略などの面において学べることはあると考えられます。
二点目の類似性と有効性は、人間社会でも生物の世界でも生き残りという共通の大目的を有し、競争や協力を生存戦略の一つとして生き抜いてきているということです。
生物は、肉食獣同士の縄張り争いや草木の侵食のように、競争をしながら種の存続を第一目的として生き抜いています。
しかし一方で、協力もしています。たとえば、花はハチに蜜を提供することで受粉を助けてもらい、熱帯に生息するサンゴはサンゴガニに食と住を提供することでサンゴの天敵であるオニヒトデの撃退に一役買ってもらっています。
このように大きく変わる環境の中で、異なる種または同一種同士で競争や協力をすることによって、それぞれが生き抜いてきたのです。
人間社会も同様ではないでしょうか。スポーツや産業界などの同じフィールドで同じポジションを狙う者同士は競争し合い、お互いに補完関係になれる場合は協力し合います。このように人間と生物には目的だけではなく生き抜く手段にも類似性が見られるため、生存戦略などに関して学べることがあると考えられます。
そして、そのような生物進化の歴史やメカニズムを、俯瞰的に解明し説明しようとするのが進化の理論です。
自分が変化の渦中にいる時、今がどういう状況なのか、またこれから先どう変化するのかをイメージすることは困難であると考えられます。したがって、環境変動に伴う生物の生き残りや進化のメカニズムを俯瞰的且つ論理的に説明してくれる生物進化の理論は、全体を把握するにあたって有効であると考えられます。
もちろん、同じ生物とは言っても生物全般の世界と人間社会では、変動の規模や要因、時間軸など一致しないことも多々あります。しかしながら、これまで挙げてきた類似性や有効性を考慮すると、人間社会の環境変化や生存戦略などの思考や論理構築の補助として活用できると考えられるのです。
環境変動の全体像(仮説)
さて、ここからが本題です。環境変動の全体像と、それぞれのフェーズごとに生物の生き残りや繁栄に関するどのような現象が起きるのかを紹介していきたいと思います。今回は、主に進化理論を研究する静岡大学大学院・吉村仁先生の著書『強い者は生き残れない』で紹介された進化のビジョンを参考とさせていただきたいと思います。学説としてはまだ証明されていないようですが、吉村先生は地質年代の歴史観から、進化のビジョンを以下のように考えまとめています。
シーンごとに説明していきます。
シーン0では、環境は安定しているため自然選択は起きません。自然選択とは、生物進化において周囲に存在する自然(環境)が生き残る生物種を選択するという考え方です。言い換えると、環境に適応しているものが生き残るという考え方です。
周囲環境が変わらなければ自然(環境)は同じ生物種を選択し続けるため、自然選択のプレッシャーは働きにくいと言えます。したがって、必然的に種の多様性も大きく変動しないと言えます。
シーン1は、環境の変動期です。ここでは環境自体が大きく変わるため、自然選択のプレッシャーが大きく働きます。それまでの環境に適応していたものが不適応であるとされ、自然(環境)に淘汰されていきます。それに伴って種の多様性は大きく減少していきます。
この期間は、安定期に比べるととても短いと考えられています。
シーン2は、環境変動が終わり、安定期への入り口を迎える時期になります。この時期には、環境変動によって種数が減っているため、空いたニッチ(生態学的地位)を占有でき増殖することができます。シーン0で強さを発揮していた大型捕食動物などは絶滅している可能性が高いため、弱者であるとされるような生物でも繁殖・繁栄することができます。
この過程は進化生物学では「適応放散」と言われ、変動期の自然選択によって絞られた種が多様性を増やしていく過程です。ここは非常に短い期間であると考えられています。
シーン3は、シーン2で増えた種が環境に対して精密に適応していく時期になります。この過程では、種間の厳しい生存競争が起き、種数がどんどん絞られていくと考えられます。つまり次の安定期における覇権を握る者が、ここで決まっていくということです。
この期間は変動期(シーン1)や適応放散(シーン2)よりは短いものの、安定期よりは短いと考えられます。
そして、また安定期のシーン4(=0)に突入します。このように、環境変動は生物にとって厳しい局面である一方で、進化を促し次のスタンダードが定まっていく始まりであるとも言えます。言い方を変えると、環境変動は生物進化を促すと言えるのです。
いつ、どう動くのがいいのか
ここからは、前章で紹介した環境変動の全体像から、次の安定期に生き残り、繁栄するためにはどうすればいいのかリベルなりに考えていきたいと思います。ここからは人間社会の目線で考えていきます。
変動期は、変化後の環境をイメージすることが困難であると考えられるため、変動後の環境に適応した形を選択することも困難であると考えられます。
生物の世界ではここで多くの種が淘汰の対象になりますが、人間の場合は、自ら考え自らの意思を持って変化することができます。競争をやめたり、協力や共生の仕方を変えたりすることで、人間社会全体として変動期を乗り越えることができるのではないかと考えられます。
また、変動期が来た時には、その環境下で繁栄できる者が早くも台頭を見せ始めますが、それは安定期における準備や蓄積が、変動期やその先に見え始めた環境に合致しているためであると考えられます。したがって、それ以外の者は、生き残ることを最優先に考え、次の環境を冷静に見極め準備をすることに注力することが妥当であると考えられます。
ベンチャー経営者として、同時多発テロとリーマンショックという2つの危機を乗り切ったフィル・リービン氏は、危機対応は以下の3フェーズに分かれ、特にフェーズ2が事業の行く末を決定付けると言います[2]。
・フェーズ1:関係者を守る、安心させる
・フェーズ2:事業計画を見直し、戦略を選ぶ
・フェーズ3:「新しくなった世界」に適応する
フェーズ1で焦って意思決定をすることは危険であり、危機から数週間も経てばより多くの情報が手に入るため、意思決定も間違いにくくなっているはずであると述べています。つまり、拙速に判断をすることに警鐘を鳴らしているのです。
リービン氏は、フェーズ2を「トンネルの時期」と言っており、出口は見えないが、衰退する産業や反対に繁栄する産業が見えてくる期間であると言っています。図1の環境変動の全体像における、変動期(シーン1)の中盤以降から適応放散(シーン2)に入る前までの時期というイメージでしょうか。変動の最中、次の環境と、それに対する自分たちのリソースなどを見極めることが重要であると言えるようです。
今、世の中は大きく変わろうとしていますが、まだ先はどうなるのか、自粛の期間がどれくらい続くのかは分からない状況です。まだ環境変動の只中という状況であり、情報を集め、次の環境を想像し、意思決定を慎重に行うべき時期なのかもしれません。
そして環境変動が終わり安定期が見えてくる頃には、他者が一斉に一気に動き出すと考えられるため、その動きの中で生き残っていくための戦略も重要であると言えそうです。つまり、変動の最中における次の環境の見極めと戦略作りが、次のシーンである適応放散と適応・最適化に大きく影響してくると言えそうです。
さらに深く学びたい方へ
今回は生物進化の視座から環境変動の全体像を見てみました。生物進化の理論や生存戦略についてさらに深く学びたいと思っていただけた方のために、参考となる書籍を紹介します。
吉村仁著『強い者は生き残れない ー環境から考える新しい進化論』(新潮選書)
今回の図1の進化のビジョンが示されている吉村仁先生の著書です。進化の理論から生物が有する生存戦略の具体例まで幅広く説明されています。生物としてのヒトの生存戦略も紹介されており、私たちが普段何気なく接しているシステムなども実は生物の生存戦略に則るものだったのだと認識させられます。書籍のタイトルは、少し違和感を覚えるものかもしれません。資本主義の数百年、私たちが生きる数十年という短い時間軸ではなく、生物進化という長い歴史でみた時の妥当な生存戦略は何なのかということを、教え考えさせてくれる書籍です。
〈参考文献〉
1.吉村仁著『強い者は生き残れない ー環境から考える新しい進化論』(新潮選書)
2.『【提言】コロナ不況に負けない、3つのステップ』(NewsPicks)
(吉田)