14世紀のヨーロッパにおけるペスト大流行により、人々の意識に変容が起きたことは『ペスト大流行以後のヨーロッパの変貌』などで紹介してきました。その中の一つに「教会が権威を失い、国家というものが人々の意識の中に登場した」という変容があるようです[1]。
現代の私たちの世界では、既に国家が強い権威として根付いていますが、それまでの強い権威がどのような状況下で失墜する可能性があるのかをイメージすることは、意味があることであると考えられます。なぜなら、今後も今の当たり前の絶対の権威が揺らがないとも言い切れないからです。
今回は、なぜ強い権威であった教会がペストによって失墜したのかを知るための材料を、『デカメロン』[2]という物語集に求めてみました。『デカメロン』とは、1348年に大流行したペストから逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話をするという趣向の文学作品です。そこには、当時の社会情景や町の様子が描かれており、人々が教会や宗教への信用を失っていく過程が見て取れました。
『デカメロン』によると、信心深い人々は、神に対して敬虔な嘆願やその他信仰活動を行いましたが、ペストの感染力と殺傷力はすさまじく、なんら効き目はありませんでした。病人と話したり触れたり、病人が手を通した着物などを触っただけでもたちまち感染したそうです。身体に斑点ができたら死の兆候で、三日以内に死んでいったと言います。そのような状況下で、神への信仰は以下のように失墜していったと言います。
「私たちの町が苦悩と悲惨のどん底に沈んでしまうと、神の掟も人間の法もほとんど地に落ちて、全く無力になってしまいました。」
当時は、現代ほど医療体制も整っておらず、イタリアでは人口の8割が死亡したとも言われています。そこまでの甚大な被害は現代では考えにくく、したがって同じような権威の失墜が起きるとは言えません。
しかし、人が信じていたものや社会の規範となっていたものが、どのような状況下で失われていくのか、一つのイメージを『デカメロン』からは感じることができました。人々の振る舞いや価値観の変容も描かれていました。
読書の視点
疫災が起きた時、人々がどう振る舞い、それまでの権威や規範が失われていくのか。14世紀イタリア・ペスト大流行の社会描写から想像する。
書籍の読み方・概要
上述したようなことは、書籍内「第一日」冒頭に書かれています(kindle No88〜358あたり)。対象箇所を読むだけであれば文字数もあまり多くありません。以下のものであれば、kindle unlimitedの対象となっており、訳も読みやすいものとなっています。
・ボッカッチョ著/高橋久訳『デカメロンⅠ』(グーテンベルク21)
・近代の夜明け、黒死病(ペスト)が猛威をふるうフィレンツェをのがれて、せめて楽しいひとときを送ろうと10人の男女が郊外の邸宅に集まり、10日をかけて、もちまわりでおもしろおかしい話を語り合う。1日10話、全100話からなる「デカメロン(十日物語)」は、社交と機智とユーモアとエロスの追求に彩られた、ルネサンスの曙を告げる記念碑的作品である。第1巻には最初の日から5日めまで、第2巻には6日めから10日までを収めてある。(Amazon書籍紹介より)
〈参考文献〉
1.『人類が直面する新たな感染症の脅威』(長崎大学 山本太郎教授著)
2.ボッカッチョ著/高橋久訳『デカメロンⅠ』(グーテンベルク21)
(吉田)