2020.06.21

武器を正しく使うための教養、なのではないでしょうか。

 人や社会を変えてしまうほどの強力な武器があります。
 たとえば、原子爆弾や鉄砲、または時代をさかのぼれば鉄の剣などもそうなのではないでしょうか。これらは、それまでの武器とは威力がケタ違いであったため、手にした者に敵を一掃できるシーンを想起させたはずです。

 ただ、武器とは物理的に威力を発揮するものだけではないと言えます。
 たとえば、交渉術や理論なども武器と言えるのではないでしょうか。交渉術も様々だと思いますが、人を不安にさせることでモノを買わせるということは、メディアや人を介して日常的に行われていると思います。このような術を駆使されると、冷静に対処しようと思っていてもだんだん不安になっていくものです。

 理論やファクトも強力です。
 たとえば、人の能力(学業成績・音楽・スポーツなど)や性格(新規性追求・損害回避・自尊感情など)に関する遺伝の寄与度が研究により明らかにされています。しかも、生々しい数字と共にです。
 ここでは数字は示しませんが、そのような事実を知った時に、どのようなことを思うでしょうか。
 苦手なことを避けて自分の才能に合ったものを探そうと思うかもしれません。しかし、才能とはある程度磨かないと分からないものかもしれません。
 あるいは、努力しても無駄だと思ってしまうかもしれません。しかし、苦手でも一定程度は身に付けなければいけない能力もあるのかもしれません。
 事実や理論はときに、人を極端に振れさせる力がありますが、振れさせて良い結果につながるかどうかはまた別の問題であると考えます。

 強力な武器を手にした時、それをどう使うのか、そもそも使うべきかどうかを考えられることは、とても大切であると考えます。
 物理的な威力を発揮する武器で敵を一掃できたとして、その後本当に平和な世の中は訪れるのか。
 事実を相手に突きつけた時、相手はどう動くのか、それは本当に相手にとって良いことなのか。
 理論を知りはしたけど、それはどのような条件で導き出され成立するとされているものなのか、背景や適用できるシーンを理解しているのか。踏みとどまり、正しく判断するには想像力が必要であると考えられます。しかし、想像とは自らの経験に依るところも大きいため限界があると考えられます。
 そこで、歴史学・心理学・社会学・生物学などから多面的に学び、考え、判断していくことが必要なのではないかと思います。これらはいわゆる教養と呼ばれる学問ですが、教養を学ぶべき理由は、本当に良い世界を想像し、正しく判断するためにあるのではないかと、遺伝の本を読み返していてふと思いました。

(吉田)

関連するタグ

#学び

このページをシェアする

読書会

 本を読んだり、なにか考えごとをしたり、ゆっくりと使える時間になればと思っています。事前読書のいらない、その場で読んで感想をシェアするスタイルの読書会です。事前申込はあまり求めていませんので、気が向いたときに来てください。

詳しく見る >>