2020.06.09

科学の強すぎた力。

 新概念はときに強すぎる力を持つのではないかと感じることがあります。

 たとえば、1928年に行動主義の先駆者である心理学者のワトソンは、こんなことを書いた本を出版しました[1,kindle332]。

子どもに抱っこやキスをしないこと。あなたの膝の上に座らせないこと。もしどうしてもキスする必要があるなら、おやすみ前に一度だけキスしてもよいでしょう。でも朝になって、おはようと言うときは握手をしなさい

行動主義とは、子どもを把握する上で手がかりになるのは行動のみで、内面的な欲求や感情は存在しないかのように扱う考え方です。
 今では考えられないこのような育児方法や考え方に対して、当時の母親たちはどうしたのでしょうか。さぞかし反発したのかと思いきや、大変な苦痛を感じながらも、従ったのだそうです。

 ほかにも、慣習や感覚に反するこんな考え方が実行されたことがありました。
 ナチス・ドイツでは、アルコール依存症を含む先天的な病気を持つ人を監禁し、治療し、ときには虐殺していたと言います。
 なぜこのような強硬な姿勢をとったかと言うと、ダーウィンの進化論が影響していたと言います。進化論によって、人間は人間として世に生まれたのではなく、進化の系譜をたどって今の人間になったことが明らかになりました。ということは、まだ進化の途上であるとも考えられ、ナチス・ドイツは、さらに進化するためにはどうすればいいかを考えます。そこで考えた方法が、優れた遺伝子だけを残し、問題があると判断した遺伝子は淘汰していくということです。それが、強硬的な治療や虐殺につながっていきました。
 驚くべきことは、ナチスに先天的な病気と指定された疾患を持つ患者の家族が、自らの家族である患者をナチスに差し出したこともあったということです。従わないと罰せられるという怖さもあったのかもしれませんが、ある程度ナチスの考え方を信じていたのではないかと想像しています。

 ワトソンの行動主義的な育児法も、ナチスが進化論をもとに考えた人類の進化方法も、時代をほぼ同じくして登場しています。この頃は、科学者による新発見が人々を驚かせ、それまでの慣習的な考え方が次々と覆されていった渦中の時であったのではないかと思います。つまり、「科学」の力が絶対であり、科学が神に成り代わったとも言える時代であったと考えられるのです。
 しかし、その結果生み出された考え方は、今では「とんでもない」と思われる代物です。それがわずか100年前に生み出され、人々は信じて実行していたのです。新概念がときに強烈な論理や力を持っていても、慣習や感覚と照らし合わせてみることはとても重要なことなのではないでしょうか。


〈参考図書〉
1.山口創著『子供の「脳」は肌にある』(光文社新書,2004)

(吉田)

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