2020.04.25

生物目線の時間と、社会目線の時間。

時計が刻む時間だけではなく、生き物として有する時間尺度もあるはずです。今度そんなテーマでブックレットを作成しますが、その前段として必要な考え方である「生物的時間」についてまとめてみました。

 世の中には様々な時間スケールがあると言ったら、違和感や反感を覚えるのではないでしょうか。私たちは地球の公転周期を1年、自転周期を1日として、それを元に1ヶ月、1時間、1秒というような時間を定めてからです。このような絶対的な時間スケールを基にして、時間を共有し、社会生活を営んでいます。このコンテンツではこのような時間を「物理的時間」と呼ぶことにします。

 しかしもう一方で、生き物の目線で考えた時に、物理的時間ではない「生物的時間」というものが存在するのではないかという考え方があります。これは、東京工業大学名誉教授の本川達雄先生が提唱するものです。生物ごとの時間スケールがあり、同じ空間にいても物理的時間の1年や1秒に対する感じ方が違うのではないかということです。

 生物的時間が存在し人間も生物であるという前提を踏まえた場合、ドッグイヤーと言われる近年の人間社会の速くなり続ける時間は、生物としての私たちに弊害をもたらしているのではないかという考えが浮かびます。ドッグイヤーとは、IT革命以後の速くなった技術革新の時間スケールに対して使われる言葉で、犬が人間の7倍の速さで成長することに由来します。
 情報やモノが速く手に入るようになり、物理的移動も速くなった現代は、生物としてのヒトにとっては、本来の生物的時間スケールに合わない生活を強いられていることになります。生物的時間に沿って生きていくように身体や心がデザインされているとするならば、このような生物的時間と社会的時間のギャップが、私たちのストレスの一因になっていると考えることができるのです。
 また別の捉え方としては、多様な時間スケールがあることを知ることで、私たちの生きる時間軸のデザインや選択可能性につながるのではないかとも考えることができます。

 本川先生には、先日オンラインでお話を伺い、これからブックレットを作成しようと思っているところです。生物的時間という概念や思考の展開はブックレットで詳細に紹介しようと思いますが、今日は少しだけその概念について紹介したいと思います。ご興味のある方は読み進めてみてください。
 尚、本コンテンツに記す内容は、本川先生には内容確認をとっていないため、筆者なりの理解が含まれていることをご了承ください。

生物の目線で捉えた時間

 私たちは普段、時計やカレンダーによって時間を確認しています。たとえば、筆者がこのコンテンツを書いている今この瞬間の時間は、2020年4月24日(金)15:58です。しかし、この時間自体には特に大きな意味はありません。
 他方で、意味のある時間もあります。たとえば、二十歳は、生まれてから20年経ち、成人として社会から認められることを意味します。他にも、誕生日は自分がまた一つ年齢を重ねたことを意味し、結婚した日や七五三などの様々な記念日もそれぞれに意味があります。
 また、あまり意識はしていないと思いますが、心臓が1回鼓動する周期である約1秒が経過するごとに、死ぬ日が近づいているということも意味します。なぜなら、生物によらず心臓の生涯鼓動回数は概ね15億回程度ではないかと考えられているからです。

 このように、ただ無機質に過ぎていく物理的時間の他に、生き物としての意味を持つ時間が存在します。それが、本川先生が考える「生物的時間」です。そして、生物的時間は、生物のサイズと相関関係があるのです。

 たとえば、心周期について見ていきましょう。表1は、様々なサイズの哺乳類の体重と心臓の鼓動間隔である心周期の値を示したものです。

画像1


 表からは、体重が増えるほど心周期が長くなることが分かります。
 ただ、ハツカネズミとゾウとを比べると、体重は10万倍になっていますが、心周期は30倍程度の増加なので、体重の増え具合ほどは心周期は長くならないことが分かります。体重と心周期は、同じ割合ずつ増えていく正比例にはなっていないようです。
 しかし、これをグラフ1のように対数目盛のグラフにプロットしてみるとどうでしょうか。対数目盛とは、目盛りが1増えるごとに値が10倍になる目盛りです。なんだか、一つの直線に乗りそうなことが分かります。今回表1では紹介しきれていない様々な哺乳類もプロットすると、同じように直線に乗ることが分かっています。

note_グラフ1


 グラフ1のような哺乳類の体重(サイズ)と心周期のプロットに近似式を当てはめると、以下のような数式で表されます。

note_式

この式が示すことは、哺乳類の心周期は体重(サイズ)によって定められているのではないかということです。

 サイズによって表すことができる生物的時間は、心周期だけではありません。さきほど、生物によらず心臓の生涯鼓動回数は概ね15億回程度であると述べました。この考え方を合わせると、心周期×心臓の生涯鼓動回数(15億回)=寿命 となるので、寿命も同様にグラフ1のような直線上に乗り、体重の1/4乗に比例することが分かります。
 さらに、心周期や寿命だけではなく、表2に示すような生物の一生に関わる時間や日常生活や運動に影響を与える時間も体重(サイズ)と関係があり、おおむね体重の1/4乗に比例することが分かっています。

画像4


生物の時間がなぜ体重の1/4乗に比例するのかという理論はまだ示されていませんが、このような相関関係が見られることから、生物はそのサイズごとに生物的時間がデザインされているのではないかという仮説に至るのです。

 成獣になるまでの物理的時間が速ければ、同じ1年でも自分の中に感じる変化は違ってくるでしょう。また、長指伸筋とは足首を反ったり足の指を反ったりする働きがある筋肉で歩くときによく働く筋肉ですが、これは歩く時の足の回転数や敏捷性に影響を与えると考えられます。
 この筋肉の収縮時間がサイズに比例するという事実は、ネズミはせかせかと動くことができる一方で、ゾウはのっしのっしと動くことしかできないイメージとも合致します。ネズミは思い立ったらすぐに動き出すことができますが、ゾウはネズミよりは時間がかかるのかもしれません。そしてもちろん、私たち人間もこのような生物的時間軸にのっとり身体や心がデザインされていると考えられるのです。

生物的時間と社会的時間のギャップ

 ここまで見てきたように、生物の生きることに関係する時間は体重(サイズ)との間に相関関係が見られ、対数グラフにおいて比例関係を示すことや乗数が約1/4となることから、生物には元となる設計図のようなものがあり、それに基づいてデザインされていると考えることができました。時間の他にも、生息密度や行動圏の広さも体重(サイズ)との相関関係が見られるようです。
 したがって、これらのデザインから逸脱したような生活を営むことは、私たちに何らかの弊害をもたらすのではないかと考えられるのです。
 たとえば、文明社会になる前には、私たちは自分の足で歩き移動していました。それは筋肉が収縮する時間や脚の長さに基づく速さでしか移動できず、移動することにより得られる情報も、その速さに依存するものでした。出合う動物に警戒したり、変わる景色に何かを感じたり、キョロキョロしながらいろいろなものを感知していたのではないでしょうか。
 しかし現代は、車や新幹線で移動し、一気に目的地に到着します。いろいろな場所やいろいろな人に、1日に何度も接することができるようになりました。私たちが備える生物的時間からすると、その移り変わりは一瞬とも言えるのかもしれません。
 生物は、環境に適応することを一つの生存戦略としますが、一瞬で変わる環境は私たちの適応能力に大きな負荷を与えているとも考えられます。このような格段に速くなった時間に、サイズに基づいて備えている機能や処理能力が追いついていないと考えるのが妥当なのではないでしょうか。だから私たちは、時々散歩をしたくなったり、車窓から景観の変化が見られる鈍行列車の旅に憧れたりするのかもしれません。

 移動時間の他にも、情報を得るまでの時間や人と出会うまでの時間は速くなり、言い換えると社会的時間が速くなっていると言えます。社会の中に身を置いていると、その社会的時間が全てであるような気持ちになりますが、生物的な視点で見ると必ずしも社会の時間が全てではなく、それが最善であるとも言えないのです。
 仮に生物的な時間軸の生活が物事を感じ取ったり考えたりするにあたっての最適なものであるとするならば、現代社会は映画を早送りやダイジェスト版で見ているようなものであるとも言えるのかもしれません。そのような見方は、情報や結論を得るには適していますが、深い感動には至りません。
 社会の時間が速くなれば、仕事では特にそれに合わせなければいけない必要は出てきます。しかしながら、プライベートな時間や、仕事でもたまにはゆったりと進めてみることが、サイズに応じた生物的時間を有する私たちに、新たな体験をもたらしてくれるのかもしれません。

ブックレットの展望

 ブックレットでは、生物的時間から派生して、さらに深く時間の捉え方やデザインについて考えていきます。
 たとえば、生物は体内にエネルギー投下をして時間を生み出していると捉えられることや、人間は文明化によって体内だけではなく体外にエネルギー投下をして時間を生み出し速めていること、また自ら速めた時間に縛られているのではないかということなどです。このようなことを考えることで、時間は選択できることやデザインできることが見えてくると思いますし、そうしなければいけない局面に来ているのではないかということも思えてきます。2,3週間後にはそのようなブックレットを出せればと考えています。よろしくお願いします。

(吉田)

関連するタグ

#主体性 #持続性 #時間

このページをシェアする

読書会

 本を読んだり、なにか考えごとをしたり、ゆっくりと使える時間になればと思っています。事前読書のいらない、その場で読んで感想をシェアするスタイルの読書会です。事前申込はあまり求めていませんので、気が向いたときに来てください。

詳しく見る >>