イギリスでは、産業革命の前後で大衆娯楽に変化が起きていたようです。
工業化以前は、仕事と娯楽は密接に絡み合っていた側面があったと言います[1,kindle3447]。当時は作業に合わせて歌を歌ったり、休憩時間にはおしゃべりを愉しんでいました。一つの共同体(ムラ)で生活も仕事も完結していた時代だったので、馴染みある人同士で楽しむことができたのでしょう。
仕事以外にも、もちろん娯楽はありました。夜祭(ウエイク)と呼ばれる祭りでは、レスリング、拳闘、闘牛、闘鶏、闘熊などを観覧しました。ほかにも、フットボールは最もポピュラーなスポーツでした。地区によってルールもまちまちでしたが、皆で仲良く愉しめることが第一だったので問題ではありませんでした。
しかし、産業革命を境に、このような共同体的レクリエーションはどんどん失われていきます。理由は、およそ以下の4つが考えられるそうです[1,kindle3479]。
1.レクリエーションが怠惰であると考えられるようになったこと。ピューリタンや宗教改革の精神では、娯楽とは仕事をせずに怠けることであり、諸悪の根元であると見なされるようになった。
2.娯楽のために人々が集まることは諸悪の根元であると考える福音主義の影響。娯楽は、道徳的に建設的であり、自己の向上心を掻き立てるものでなければならないと考えられるようになった。
3.遊ぶための共有地がなくなっていったこと。急速な都市の成長によって、空き地は都市住宅や商業用建物用地に転用されていった。
4.人道主義的立場から、闘牛や闘鶏などの伝統的な残虐的スポーツが組織的な攻撃にさられていったこと。
なんとも勤勉な理由で娯楽が抑制されていったのです。しかし、どこか現代に通じるような考え方でもあるのではないでしょうか。
このような娯楽の衰退により、新たな時代の娯楽が生まれていきます。その一例として、動物園が挙げられるようです。動物園は私も好きですが、教育的側面がある施設でもあります。この時代を境に、娯楽や遊びにも、教育的な意味が求められるようになっていったのかもしれません。
〈参考〉
1.角山栄・村岡健次・川北稔著『生活の世界歴史〈10〉産業革命と民衆」(河出書房,1992)
2.画像元のフリー写真提供者:https://www.photo-ac.com/profile/2633255
(吉田)