「いいライフスタイルについて考える」読書会も二回を終え、次で三回目になります。毎回参加しても、一回だけ参加しても、たまに顔を出すようにとびとびで参加しても、スタイルはお任せです。読む本もお任せですが、こんな本をこんな風に読んでみるのはどうでしょうか、という提案もしてみたいと思っています。
今回は、「今と違う時代のライフスタイルを、時代背景を想像しながら読むのはどうでしょうか」という提案です。例として、明治期の趣味“消費”について紹介してみたいと思います。
明治40年頃の東京では、「趣味」という言葉が人々の間でささやかれていたそうです。今の時代の趣味といえば、ワインを嗜むとか、盆栽をやるとか、絵画を鑑賞するとか、知識をつけながら自分なりに深く楽しむことをイメージするのではないかと思います。しかし、そのイメージのまま明治期の趣味を覗いてみると、すこし違和感をおぼえるのです。
この時代の趣味についてメディアで紹介されているものは、たとえば、“畳の部屋”に置かれたアンティーク調の西洋家具や、「夢にも見られません安値」と喧伝された掛け軸などでした。掛け軸は、通常よりもサイズを小さくするなどによって価格をおさえた「半折画」が安値で販売されていました。
なんだかすこし違和感を覚えないでしょうか。趣味って、そこまでしてやるものだったっけ、というような違和感です。当時の様子はおそらく、流行の火付け役だった三越などの百貨店に人々が集まり、我先にと趣味に関連付けられた商品を購入していくようなものでした。知識と鑑識眼を身につけて楽しみながら購入するというよりも、百貨店に提案されるものを次々と購入していくというもののようでした。つまり、趣味を嗜むのではなく、趣味を消費していたのです。
では、どのような人が、何のために趣味を消費していたのでしょうか。
当時の趣味消費の中心には、新中間層と呼ばれる人々がいました。新中間層とは、地方から都市部へ仕事を求めて出稼ぎに来ていた人々のことを主に指していたようです。決して生活に余裕があるとはいえなかったのでしょうが、給料をもらっていたので新しい消費者の層を形成していました。また、明治40年頃とは1907年頃であり、1894年の日清戦争や1904年の日露戦争の大勝利を経て、日本は先進国の一員になりかけていました。つまり、日本の特に都市部は、沸いていたのです。
地方から出て来た新中間層には、自分の所属を表現する記号が必要でした。明治になって、江戸時代にはあった明確な所属先である藩が、廃止されていたからです。また、士農工商から四民平等へと身分のあり方も変わり、人々は自分を表すものを失っていました。その中でも特に異国の地ともいえる都市部へ地方から出てきた新中間層は、自分を表す記号が必要でした。そこで、他者との差異を表現する手段として趣味が注目されていったのです。
本来であれば趣味は、知識を身に付けながら嗜んでいくものなのかもしれません。当時、嗜むものとしての趣味を欧米にならって浸透させようと動いていた知識人たちもいました。しかし、地方から出てきた人々には、趣味に関する知識などなく、知識をつけている余裕もありませんでした。そこで、百貨店が提案する趣味を消費していったのです。
衣食住もまだ十分に整っていなかったと考えられるこの時代に、贅沢品・嗜好品としての趣味が消費されていたとは少し驚きです。まずは、腹一杯に食べること、住む家や衣服を整えることにまだまだお金がかかり、そちらを優先するように思えるからです。それがモノではなく、自分を表す記号にお金を払い始めたのです。
このような記号の消費への変化を著したのが、ジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話の構造』であるといいます。私はまだ読んでいませんが、参考までに紹介させていただきます。
さて、このように異なる時代のライフスタイルを覗いてみると、まずはカルチャーショックのようなものを受けるのではないかと思います。「なんでこんなことを?」というような驚きと興味深さです。畳にアンティーク調の西洋家具が置かれていることを想像すれば、違和感が湧いてくるでしょう。しかし、当時は大真面目にそれをやっていて、必要なことだったのです。そのような目を引く驚きに疑問を感じて「なぜ」と深めていくと、時代背景との関わりが見えてきます。そして、人の動きや性質が透かし見えてくるとともに、「昔も今も変わらないな」などという親近感も湧いてきます。
このように今と比べながら理解を深めていくというだけでも十分に楽しめます。もうすこし踏み込んで覗いてみようとするならば、人の変わらないところと変わるところや、変わるのは何に連動して変わるのかなどが見えてきます。それは、これからの時代を見つめる目を養うことにつながるかもしれません。
今回は明治期の趣味消費について紹介しました。この内容をタイトルそのままにしたリベルのブックレット『明治期の趣味消費 〜人がモノに求めることを考える〜』がありますので、ご興味ある方はご覧ください。他にも、もっと近代のバブル期の消費などもおもしろいかもしれません。ほかにも消費に限定されずに、いわゆる〇〇文化というものについて、改めて目を向けてみるのもおもしろいかもしれません。群雄割拠の戦国時代にはどんな文化が栄えたのか、その後の平安の江戸時代にはどうか、また江戸時代の文化の数々はどのような背景をもって変遷していたのかなど。もっとさかのぼって、古代の縄文や弥生、古墳時代などの文化についても、背景と共に読み解いていくと、社会環境と生活の関係が見えたり、またそもそも文化とは何か・なぜ生まれるのかということも見えてきたりするのではないかと思っています。
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(吉田)