2021.08.23

読書会の読書感想(8/21,22)

 参加者に任意でいただいた読書感想を掲載します。8月21日(土)は10名の参加、22日(日)は9名の参加でした(主催者含む)。

8月21日:テーマのある読書会「話すこと」

つやまさん『人を動かす対話術 心の奇跡はなぜ起きるのか』岡田尊司
 精神科医である著者が、実際に患者などと接する中で効果的だった7つの対話の手法(共感的アプローチ、解決志向アプローチ、認知へのアプローチ、動機づけ面接法、認証戦略、愛着へのアプローチ、行動・環境へのアプローチ)を紹介している。相手の状態や場面に応じて使い分けたり組み合わせたりすることで、心理臨床はもちろん教育やビジネスの場でも、相手の心を動かし自発的な行動を促すことができるそう。今回読んだ範囲では、次の点が特に印象に残りました。

「対話は人間存在の根底にかかわる哲学的ともいえる問題と密接に結びついており、まさにその部分で人は変わり、動いていくのである。」

「対話を考えていくとき、共感的作用と弁証法的作用という二つの働きを念頭に置くことが必要で、相手をうまく支え、動かしていくという難しい局面ほど、どちらか一方ではなく、両方の働きかけが必要なのである。」

 様々な場面で使えそうな実用的な対話の技法の本ですが、相手を都合よくコントロールするのではなく、共感的な対話によって結果的に自発的に動いてもらえるという考え方が根本にあるのがよいです。他の方が紹介された本でも、対話には共感的な人格と理性的な人格の両方が必要、理屈で説得する前に感情に共感する、相手の立場を想像して理解しやすい表現を心がける、など本書とも共通することが書かれていたようで、その点も興味深かったです。

うさじさん『話すための英文法』
 今日もありがとうございました。
 今日は、「ことばの意味が人によって違うこと」について考えさせられた気がします。
 ことばを構築するまでのプロセスが人によって違うから、それぞれの人が考えている言葉の意味がバラバラになるのではないかと感じました。
 あらためて、対話を通してその意味や定義について話し合うことで、意味が深まったり新しい意味が生まれるのではないかと感じました。

原有輝さん『善の研究』
 聴くこと、対話、現場、子供、英文法等、どれも興味深い内容でした。

よしだ『「聴く」ことの力』鷲田清一
 印象的だったのは、序盤にあった「哲学はこれまでしゃべりすぎてきた……。」の一節でした。まだ真意ははかりかねていますが、いわゆる哲学的な論調である、論理の輪を薄く精密に重ねていくような語り口調が、はたして聴き手の目線に立っているのか、一方的にしゃべっているだけなのではないか、なんてことを意味しているのではないかと勝手に推測しています(ちょっと悪口…?)。
 論理的に正確に話すことは重要ですが、コミュニケーションのポイントのひとつにすぎないようにも思います。哲学的な語り口調に哲学の本質があるのではないとか、あるいは哲学的に聴くということも十分にありえるしそれも哲学であるとか、そんな話が展開されるのではないかと期待しています。まだ序盤です。

おおにしさん『人は語り続けるとき、考えていない』河野哲也
 序章から第1章までの概要・感想
”対話と会話は違うもの。対話とは真理を求める会話であり、自分を変えようとしている人が取り組むコミュニケーションである”
 たとえば、会社おいては通常の会議・打ち合わせは会話で、「良い製品をとは何か」など会社の理念・方針などを話し合うのは対話であると理解した。
 私はオンライン会議では会話はできても対話はできないのではないかと思っている。
 AppleやGoogleなどIT企業が、オンラインと出社を組み合わせる方針に変更した理由はここにあるように感じる。

”子供は哲学者であり哲学対話は本来得意である。一方、大人は答えのない問いに向き合うことに不安を覚える。結論がでない議論に価値を見出せないので敬遠しがちになる”
 親は子供の質問を曖昧にしてごまかし、教師は教科書に書かれたことを教えるのみ。これは子供にとっても大人にとってもこれは良くないことだと思う。子供と対話することで大人も子供も変わることができるはずだ。

”ソクラテスの対話術は対話者を自分の頑固な思い込みから解放させる。ソクラテスは対話者に無知の知を自覚させるだけで、新しい結論を提示することはない”
 我々が知っている知識は、全体を把握したものではなく断片化したものであることを自覚することが「無知の知」の意味であると思う。そして対話を通じて知識の全体性を回復させていくこと、これがソクラテスは教えだと理解した。
 メンタリストのヘイトスピーチを批判することはできても、そもそも何故ホームレスが社会に存在しているのかを子供に正しく説明できる大人がどれくらいいるのだろうか。今の私は説明できない。ここに対話の必要性を感じた。

8月22日:読みたい本を気ままに読む読書会

Takashiさん『哲学入門』ラッセル著
 
「哲学者は何故こんなに細かいことを考えるのか?」

 この読書会主催者よしださんの問いだ。
 私は哲学者ではないし、哲学の本を読み始めてまだ2年と経っていないビギナーなので、確かなことは何も言えない。そこでここでは私の思い込みを書きたい。

 人は考えたいのだ。考えるために問いを立てたいのだ。

 私自身としては、哲学の一つの側面である「人間とはどうあるものか。つまりは自分とはどうあるものか」を考えていきたい。壮大な話は専門家にお任せするとして、何故私は怪談が好きなのか、何故太るのに菓子パンを食べてしまうのか、何故人の悪口はこんなに楽しいのか、どうして一何度も現実逃避したくなるのか等々、いちいち考えたいのだ。

上條さん『移民受入の国際社会学——選別メカニズムの比較分析』
本書に収録されている第4章、堀井里子さんの「「国境のないヨーロッパ」という幻想——EU共通移民政策の展開」を3分の1ほどよみました。

EUは国境のないヨーロッパという理念のもとで共通移民政策を構築してきました。

しかし、移民・難民の到来への対応をめぐり加盟国の意見は割れ、既存の政策は機能不全となっています。

本章では、EU共通移民政策の展開を次の分野に焦点を当てて分析がなされていました。

1. シェンゲン協定、EUの難民・移民政策を規定する基本的な制度枠組みを外観
2. EUの高度技能移民誘致政策について
3. EUの国境管理政策
4. 国境での難民対応

今回は「2」の途中まで読みました。

「1」では、タブリン規則によって、シェンゲン・エリアにおいて外側に位置する国は移民・難民の受け入れや国境管理のコストの負担しなければならないことが述べられていました。EU経済圏を拡大するたびにこの負担は経済的・社会的基盤が脆弱な新規加盟国に移動していきます。
*シェンゲン・エリア:国境の出入国管理が撤廃されているエリア
*タブリン規則:難民申請を最初に到着したEU加盟国のみで受け付ける規則

「2」では、高度技能移民受け入れの背景や、そのために導入された「ブルーカード」指令がどのように成立し、実施されているのかを現実と理想の乖離に注目しながら述べられています。

今回は、高度技能移民受け入れの背景までしか読むことができませんでした。背景としては、IT分野での専門家の不足の指摘などによる、高度技能人材の世界的な獲得競争の激化があります。

【感想】
日本も高度技能外国人の受け入れ優遇などがあるように思えます。一方で、人手不足を補うための「労働者」としての実質的な受け入れの指摘もあるかと思います。諸外国の移民政策をみることはこうした日本の外国人受け入れの政策をみる上でも役立つものだと思いました。

よしだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子著
 こういう時期じゃないとなかなか読まないので読み進めています。数年前に買って開いては閉じてをくり返していた本。今回こそは読み切りたい…!
 この本は東大教授の加藤陽子先生が中高生向けに行った出前授業を収録した本です。明治維新以後から太平洋戦争までの経緯をたどりながら、戦争の開始と継続の意思決定の内実を探求していく内容だと理解しています。
 印象的だったのは、当時、東京帝国大学法学部の岡義武という人が、日本の自由主義・民主主義では、個人主義に関する理解があまいという指摘をしていたという点です。明治維新を為してまず行うべきは不平等条約の解消であり国家の独立であり、個人の独立はちょっと後回しであった、という背景があったのだと読み取れました。
 身分の差が取り払われた明治でしたが、いきなり、四民平等、お上の顔を伺わなくていいと言われても人々は逆に困ってしまうのだと思います。福沢諭吉は『学問のすすめ」の中で、「お上の顔を伺うな、自分で考えて商いをしたり政治に参加したりしないと、またお上がすべて決める前時代に戻らざるをないぞ、社会が腐敗していくぞ」みたいなことを言っていました。そのために諭吉は学問をすすめるわけですが、言い換えると政府が民主主義や自由主義を掲げても、人民がそれを理解しないとそういった社会は成立しないということなのだと思います。
 社会全体の制度はそれとして、では個人としてはどういった知識や技能を身につけなければいけないのか、ということは同時に学ばなければいけないことなのだと感じました。個人の独立や自由とは、個人でしか成し得ないものなのかもしれません。はたしてそれがいいことなのか(日本人に合っているのか)、あるいは個人の独立や自由とはそもそもどういうことをいうのか、というレベルからも考えてみる必要があるようにも思いました。

けいこさん『JR上野駅公園口』
 まだ50ページほどしか読めていないのだが、特に心に残った箇所があった。
 「インテリのシゲちゃん」が東京大空襲について語る場面。
 「僅か二時間ほどで、十万人もの命を奪ったというのに、都内には公立の東京大空襲・戦災記念館は一つもなく、広島と長﨑にある平和公園もないのです」
 大きな問題が起こると、それよりも些末に感じられる問題は隅に追いやられてしまうのかもしれない。でも、それは解決したわけではない。もしかするとそうやって、故意にではないにしても、「なかったこと」にされてしまった問題があるのではないか。もちろん、いろんなことをいっぺんに考えることはできないから、優先順位をつける必要はあるのだろうけれど、いろんなことを忘れないようにしないといけないと思った。


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(吉田)

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