2021.09.02

読書会の読書感想(8/31-9/5)

 参加者に任意でいただいた読書感想を掲載します。8月31日(火)は4名、9月1日(水)は9名、4日(土)は12名、5日(日)は9名の参加でした(主催者含む)。4日の読書会の前には、『質問』という365の質問だけが載った本をその場で開いて、ただ考えて話すという時間を開きました。今回の質問は「人間が生きている間は愛もまた存在するでしょうか」でした。

8月31日:読みたい本を気ままに読む読書会

早川さん『モモ』
 小さい頃から勧められていたけどなかなか読めなかった「モモ」をやっと読み始めました。何かアドバイスをするわけでもなく、ただそこにいて話を聞いてもらうだけで、相談する者が自ら解決策を出していける、そんな聞き方ができる「モモ」はすごいと思いました。50ページくらいしか読めていませんが、これからまた何かが起こりそうな予感なので、続きを読むのが楽しみです。

 気恥ずかしく、そそくさと退出してしまいましたが、読書の時間の確保や人との交流、いろいろな考え方など、得るものが多い時間でした。また時間が合う時に、是非参加させてください。ありがとうございました!

原有輝さん『オーウェルのマザーグース』
 オーウェルの「1984年」解釈が、イギリスでは馴染みがありすぎ、アメリカや日本では馴染みがなさすぎて、的外れになっているものが多いようです。想像力に乏しい失敗作という清水幾多郎の誤解があるが、実際は、立派な政治思想のようです。

9月1日:読みたい本を気ままに読む読書会

こっさん『禁色』三島由紀夫
 「美しいもの」と「美しくないもの」に対する表現の解像度がものすごく高い。こんなに美しいもの/醜悪なものを見たことはないはずだけれど、ついリアルに想像しようとしてしまう。もしかしたら、読者に想像すらさせないつもりで描いている部分もあるのかな・・・
 みたいなことを、自分一人の読書ではなかなか感じる余裕がありませんでした。集中して読む時間とアウトプットの場をいただいて、自分が今何を感じているか?を頭の片隅に置きながら読書することができました。今回初めての参加でしたが、新鮮で楽しかったです。
 また皆さんがどんな風に本を読んでいるのか?も垣間見ることができてよかったです。感想を聞くと、どの本も読んでみたくなりますね。優しい読書会でした。また参加します。ありがとうございました。

yuさん『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
 他の方が、「構図がわかれば絵画がわかる」を読んでおられて、色について話してくださいました。色には光がないからつくるには光がなかった。暗いところにいたのでは?それをまた他の参加者の印象に残って話してくださいました。9月になり、芸術の秋読書会だなあと思いました。美への解像度が高い三島由紀夫と鷲田先生の京都の平熱の文化の話など異なる本がシンクロ?した気がしました。

よしだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子著
 ここ1ヶ月くらいはこれを読んでいます。夏になると取り出しては途中で閉じていた本。今回こそは読み通したい。
 印象的だったのは、先進国が考える公平の範囲についてです。第一次大戦後あたりの時代を読みましたが、当時のアメリカ大統領ウイルソンが言い出した「民族自決」という思想は、個々の民族の考えに基づいて国家や政治のあり方を決定していくべきというもの。なんだか民主的で良さそうだけど、実は民族自決の範囲は限定的でした。アメリカ・フランス・イギリス他、ヨーロッパ諸国は含まれているんだけど、他の、朝鮮やおそらく東南アジア諸国などは含まれていない。民族自決とは言うけど、その範囲は当然分かっていますよね、と言わんばかりの暗黙の了解感があったようです。これに乗じて朝鮮では自治権を求めて社会運動が起きるわけですが、それもウイルソンは予想していなかった??
 今でもこういうことはあるのだろうなと思いながら読みました。

9月4日:テーマのある読書会「価値観の色々」

おおにしさん『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』 
*全体を斜め読み
世界史で聖書の記述に基づいて書かれたものを普遍史という
・普遍史では天地創造を元年として歴史を編纂。
・普遍史の歴史は古代ローマ時代に始まる。聖書の版により年号記述の違いがあり歴史学者の間で統一した年表を作ることができなかった。論争続く。
・中世になりルネサンス、宗教改革、大航海時代や科学革命など文明の進歩により
キリスト教的世界観がぐらつき始めたが、中世的普遍史編纂の努力が続けられた。(ニュートンも普遍史を出版)

18世紀になって啓蒙主義者が普遍史を否定し始めて、普遍史から世界史へ移っていった。。
・世界史はイエス生誕を元年にして、ACとBCで年号を表した。大洪水は史実から伝説へ。
・啓蒙主義者は中国の年代記が世界最古のものであることを認め、普遍史批判につながった。

(感想)
18世紀になるまでノアの箱舟を史実ととらえていたとは驚き。
世界史が常識となっても聖書の記述が真実であると信じている人もいて、西洋人の価値観の原点になっていると思われる。
イスラム圏の世界史については別途調べてみたい。

うさじさん『無意識の構造』
 本日もありがございました。

 質問について考える会では、30分では話足りないほどの対話ができて
楽しかったです。言葉の定義や意味が人によって違うからこそ、その意味について話し合う場は大切だと思いました。

 読書会では、以下のまなびがあり、楽しかったです。

・価値観が多様化する時代では、相手の気持ちに共感すること「シンパシー」だけでなく相手の立場に立って考えること「エンパシー」も大切であること。
・共感的な性格かどうかは、遺伝的に決まっているという考え方があること。
・昔話やわらべうたは、子どもに何かを示唆したり、その国の歴史的背景などが反映されていること。

 個人的には、自身とは感じ方や考え方が違う方の立場になって物事を考えるということをしてみると、色々発見があるのではないかと感じました。

yuさん『天才たちの日課』
 過去四百年の偉人たちの日常が収められている。300人くらいで1人1p~4pくらいです。「どんなものをたべていたか」「何時に食事してたか」でどんな人かだいたいいいあてることができるらしい。
 他の方は「コンビニ人間」「失われたいくつかのものの目録」「聖書と世界史」などを読んであり、異物を社会は許さないのはなんでだろうなどど考えたりしました。その反面「個性的であろうとする風潮」となんだか矛盾するなア。個性も社会から作られたものには寛容なのかな?価値観がテーマでした。

原有輝さん『沈黙のちから』
 悲しみと愛しみ、言語と言語以前のことが書かれています。言葉にならない思いはあるが、出来るだけ言語化した方がいい訳です。離別や死別は悲しいものです。ただ、悲しみは愛しみに変わるようです。それには時間が必要なのです。

つやまさん『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』橘玲
 近年の脳科学、進化心理学、進化生物学、行動遺伝学などの知見を総合すると、「わたし」のほとんどすべては無意識が支配していて、意識はその表面の一部か幻想に過ぎないことが明らかになりつつある。また、パーソナリティ心理学の「ビッグファイブ理論」により、人間の性格は五つの因子(「外向的/内向的」 「楽観的/悲観的」「協調性」「堅実性」「経験への開放性」)から成り立っていて、そのバランスは人によって先天的に決まっており生涯で大きく変化しないとされている。この本では「無意識+魂」を「スピリチュアルズ」と呼び、「わたし」とはつまるところスピリチュアルズのもつ傾向のことである、という観点から、人間というものの本質的な特徴や様々な社会問題について考察されている。
 今日読んだのは、五因子のひとつである「楽観的/悲観的」について書かれている部分。近年、うつ病や終末期患者の不安などの症状に、LSDなどの幻覚剤が非常に高い治療効果を発揮するということがわかり、各国の精神医学会で注目されているらしい。うつ病の患者は自分が他者や世界から隔絶されているという苦痛を感じるが、幻覚剤によりその状態から解放され再びつながりを感じられるようになったという。この説明として、人間が進化の過程で身につけた強すぎる自己がうつ病の原因であり、幻覚剤には脳内の自己を司る領域(DMN,デフォルトモードネットワーク)の活動を抑制する効果があり、自己と世界の区別を一時的に消失させるはたらきをするためだという仮説が紹介されていて、とても興味深かった。

よしだ『コンビニ人間』村田 沙耶香
 いわゆる「普通」とは感覚が異なるであろう主人公は、子どもの頃、道端で死んでいる鳥を見て、お父さんが好きな焼き鳥にして食べたらいいのではないか、と思い、それを口に出す。当然周りは驚く。
 しかし、小鳥が埋葬されたそばには、引きちぎられて死んだ花が供えられていた。

 何が妥当なのかは、多数派がそう思っていることに引きづられているように感じる。すこしひねくれた考えをするとすれば、多数派のうちの少なくない人たちも元多数派に引っ張られて、多数派をさらに多数派にしているのではないかと感じることもある。
 少数派が多数派にむりに合わせる必要がない社会に、すこしは変わってきているのだろうか。

 まことに個人的な話で恐縮ですが、風呂好き・温泉好きの多数派数の厚さは多数派が多数派をつくり出した結果だと思っています!

9月5日:読みたい本を気ままに読む読書会

タカさん『SF思考』
 これからのイノベーティブな発想、ビジネスアイデアにはSF思考がとても参考になると思いました。

Takashiさん『死に至る病』キェルケゴール著 岩波文庫
 キェルケゴール先生によると、殆どの人間は絶望していてそれに気付いていないそうだ。一部の人は絶望に気付いても絶望から逃げようとしているし、更にその中のごく一部の人はどこまでも自分基準に固執して、際限なく人に迷惑をかける存在に変わっていく。
 キリスト教の神学の側面を持つ本だが、キリスト教徒とて例外ではなく、殆どのキリスト教徒は信仰を理解していなくて絶望しているらしい。
 
 と、いうわけで私はキェルケゴールを絶望先生と呼んでいる。講義に一度は決めセリフの「絶望だ!」を叫ぶ有名な先生だったんだろう。想像だけど。

 言ってることは奇妙だが、先生の絶望理論を当てはめると人間を理解できそうな気がして何だか不思議だ。

yuさん『波』
 イギリス作家の本。45年ぶりの新訳で傑作らしい。訳者が「源氏物語A・ウェイリー版」訳者の1人である森山恵さん。6人の男女が語る青春と老い。劇=詩で物語のあらすじはおえないけど、言葉が美しい。中年期を読みました。

 他の方と外国文学は文化や国民性を知らないと理解しがたいけど読み終わると「ああ」てなるよね。などと話しました。イギリス人はブラックユーモアがあり詩は英語で読むと韻をふんでいるなど。今村夏子さんの「父と私の桜尾通り商店街」は読んでみたいと思います

Yukikoさん『空白を満たしなさい』
 肝心の読書感想ですが、読書タイムに家事をしてしまいまだ序章を読んだところです。

 久しぶりの読書会しかも女子だけのグループ!で同性同士を気安さで、
読書の感想も楽しかったですが、その他の話で盛り上がり楽しかったです。

 今度は読書しない読書会(質問に答える会)に参加してみたいなあと思いました。


—–
 過去の読書感想はこちらに載せています。

〈読書会について〉
 事前読書のいらない、その場で読んで感想をシェアするスタイルの読書会を開いています。事前申込をあまり求めない、出入り自由な雰囲気です。日程などについては、FacebookページやPeatixなどをご覧ください。
Facebookページ
Peatix
読書会へ行こう

 読書会の形式や様子はこちらに載せています。

(吉田)

関連するタグ

#読書会

このページをシェアする

読書会

 本を読んだり、なにか考えごとをしたり、ゆっくりと使える時間になればと思っています。事前読書のいらない、その場で読んで感想をシェアするスタイルの読書会です。事前申込はあまり求めていませんので、気が向いたときに来てください。

詳しく見る >>